鬱病を克服するためにナンパ師になったアラフォー男の話

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それは、ハロウィンの頃。
私は夜な夜な繰り広げられる非日常的な仮装パーティーに酔いしれていた。
名古屋市緑区の坊主山という郊外で育った私は、学生時代から都会に憧れていた。
綺麗に着飾って、高級なレストランで、露出したワンピースを着て、シャンパングラスを片手に甘い言葉を囁いてくれるナイスガイとのデート。
代官山、六本木、恵比寿、広尾…
飯倉の交差点から高速に乗る
マセラティのエンジン音が心地よくBGMを掻き消してくれる。
高速道路から見るビルの明かりが、生まれ故郷で見た蛍と重なる。
ああ、これが、私が憧れていた世界…
バツイチとなって一皮剥けた私に、男たちは群がった。
季節ごとに味わう三ツ星レストランでのフレンチや懐石料理を食べさせてくれる相手には困っていない。
妙齢の男たちが私に何を期待し、何を求め、何を得たいのか、それがわかっているから。
肢体に張り付くワンピースを身に纏い、甘い香水をくゆらせ、相手を尊重し、彼らの事業の成功を称え、美しい言葉と所作で、時々体が触れるか触れないかの距離を保てば良かった。
気分が乗れば、一緒にホテルに行きベッドを共にし、嫌なら「あなたとはもっとお互いのことをよく知ってからにしたいの」と添い寝をして眠ったふりをすれば、セックスをしなくてに済んだ。
気がつけば、半年間。
私は誰ともセックスをしていなかった。
したいと思う人がいなかった。


そんな時、彼からナンパされた。
その日、私はハロウィンパーティーに向かうため、定時で退社し自宅に着替えに戻る途中だった。
銀座線に乗るために銀座四丁目の交差点に向かっていると、松屋銀座の辺りで、
「すみません。お一人ですか?」
サラリーマン風の背の高い35歳くらいの男性が声を掛けてきた。
「私、急いでますので…」
手を顔の辺りで左右に振って、さようなら、とそのまま、足早に立ち去ろうとする。
私の速度に合わせて歩いてくる。
「じゃあ、駅まで」
松屋銀座から銀座駅まで約8分。
まあ、それくらいの時間なら、と思い、つかの間の話し相手になることにした。
「後ろ姿が只者じゃないオーラが出てましたね。普段、僕はナンパなんてしないのですが、ついつい声を掛けてしまいました。」
(はい。来ました。
ナンパ男の常套句『普段はナンパしない』)
「あら、偶然。私も普段はナンパに耳を貸さないのよ。私達、縁があるのかしら。」
あと、8分後には解放されるという安心感から、話に乗ってあげることにした。
「どうしてナンパしてるの?」
「大阪から上京してきて、最近職場の同僚が結婚して、そろそろ自分も、って思ったんだけど、転職したばかりで毎日職場と家の往復で出会いもなくてね、」
(はい。来ました。『結婚考えてます』アピール。アラサー、アラフォー女性が反応するって思ってるのね。私、バツ2って言ってみようかしら。)
「そう。」
(…もう駅に着くし、めんどくさいからこの話はやめよう…)
「また、会える?」
「毎日ここ通勤で歩いてるから、毎日ナンパしてれば会えるんじゃない?」
「なんやねん、それ!
お姉さん、LINE教えてや!」
(…あ、ちょっとこのノリ好きかも♡)
イケメン、年下、関西人、ドS
が私の好物。
なぜドSってわかるかって?
そもそもナンパしてくるのはSだからです。
私はiPhoneのセキュリティを解除し、LINEアプリを立ち上げた。
「レイコちゃん、っていうんや。
なんやねん、このプロフ写真。モデルか⁈」
「ジュンタ…、私が前飼ってた犬と同じ名前。」
「じゃあ、レイコちゃん、今日うちに連れて帰って添い寝してや」
「あらっ、もう駅に着いたわ。じゃあね。
バイ、バーイ」
早々に電車に乗り込む私。
そうして彼との出会いが始まった。

それから毎日のようにメッセージが届く。
あれよ、あれよという間に、1回目のデートの約束。
食事やお酒の好み、場所、リサーチに余念がない。
彼はLINEで「僕のハートを盗んだ窃盗容疑で法廷に出廷」という名目でデートに誘ってきた。
時々入る寒いツッコミもなんだか笑えた。
だんだん気分が良くなってきた。
(この人…少しは女性慣れしてる…?)
私は、女性慣れしている男性じゃないと食指が動かない。
いい歳して、デートの一つも満足にコーディネート出来ないなんてあり得ない。
男性はいつでも女性に尽くし、崇めて、大切にしなければいけないと思う。
「レイコさん、モテるでしょ?」
私は男たちから、このテの質問をされると必ずこう答える。
「モテる、の定義が分からないけど、すべての人からは好かれていないわ。自分がいいと思った人からは比較的、好意を持ってもらえるみたいだけど。」
そしてナンパから1週間後。
銀座四丁目交差点の和光の前で待ち合わせ。
私は時間ピッタリに到着した。
ジュンタはまだ来ていない。
(この私を待たせる?どういうこと?)
少しイラっとした。
42歳という自分の年齢は受け入れているつもりだけど、ナンパされたという最初から上下関係がハッキリしている状態で待たされることに、少々憤りを感じていた。
すると、LINEの通話が掛かってきた。
「レイコさん、着いた?
俺、今、交差点渡るから、ちょっと待ってな」
彼は三越の方からやってきた。
「待たせてごめん。
ちょっとだけレイコさんの待ってる時の立ち姿、眺めようと思って。」
(はい、はい)
「…お店は?」
「あ、こっち。」
銀座シャネルビルにあるフレンチレストラン「ベージュ アランデュカス トーキョー」
(なかなかやるじゃん)
今年は確か星一つだった。
銀座は星の数がついているレストランが多いから、ビギナーズラックかも知れない。
エントランスで予約者名を告げ、席に着く。
銀座の中央通りを見下ろせるこの席は私のお気に入り。
前回来たのは…
婚活サイトで出会った警視庁の警視とだった。私の一つ年上でノンキャリで警視だとエリートなのだとたっぷり自慢話を聞かされた。
殺人事件が起こると対策本部を設置して本部長にも数回なったって言ってたっけ。
結婚を前提に交際を申し込まれたけど、1ミリも心が動かなくて、お断りして、それっきり…
また連絡取ってみようかしら?

「…さん、何飲む?」
はっ、と我に返り、
(ペリエジュレ グランブリュット グラスで)
と、言おうとしたが、ここは初デート。
女性らしく。メニューを見て、
「オススメのシャンパンをお願いします。」
暫くして運ばれてきたシャンパンとグラス。
瑞々しいゴールドと繊細な泡が消える前にグラスをカチンと鳴らした。
「素敵な夜に乾杯」
君の瞳に、と言われないだけマシだった。
(さてと、リサーチ入れますか)
私は、ナンパは自己分析、他己分析の機会と捉えている。
自己分析。
「何故、私に声をかけたの?」
この質問で、「私」という人間が、世の中の男たちからどう見られているのかを客観的に知ることができる。
「姿勢がいい」
これが、私に対する世の中の評価だ。
そう、年齢は関係ないのだ。
とりあえず姿勢が良ければ街中で声を掛けられる確率はグンと上がる。

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