【母に占い師になると告げた日】安定の二文字に縛られていた私

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私は5月末までサラリーマンでした!


しかもブラック企業に勤めてました笑

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私の母に占い師になると告げた日のことを書いてみようと思います


2015年5月…私は体調がものすごく悪かった

胃と腸が痛くてなにも食べられないし食べたくない


逆流性食道炎でひたすら気持ちが悪い


一ヶ月間OS-1とポカリと豆腐で過ごしていた

人間って意外と食べなくても死なないんだなってのほほんと考えていた



毎日会社で働いていた

引き継ぎ相手がいなかったので最終日まで働き続けた

(ブラック企業さすが!)


その頃の私はガリガリでヒョロヒョロ


笑うと疲れるから笑わないようにしていた

(笑うって色んな筋肉とパワーを使うんです)


それでも仕事をしていた

最後まできちんとやらなきゃって思ってた


ずっと体調が悪い私を見て母は休職したら?としきりに言っていた


休職…



休職ねえ…


それってなんの解決にもならなくない?

会社からも休職にして残るように提案があった


正直数ヵ月休んだところで同じ繰り返しだろう


と思った



会社は大きく変わらないのだ


それがいいところでもある



早く抜け出したかった

色んな事が急にばからしくなった


安定ってなんなんだろう

会社にいれば毎月給料がもらえる

仕事も与えられる


体調が悪くなったら手当てをもらいながら休職することもできる



でもリアルな私はガリガリでヒョロヒョロなのだ



20代で割と高い給料をもらっていて


華やかな世界に身を置いていて


条件だけ見るとかなりいい



だけどガリガリでヒョロヒョロで疲れるから笑うのをやめているのだ


こんなに無駄な生き方ってあるだろうか?



今の自分は人として成り立っていない



本当にそう思った

なんのために生きるのか


自分はなんのために生きたいのか


人生の主役は自分でなくていいのか!


29歳最後の年を体調崩してヒョロヒョロだなんて誰が見てもおかしいのに



安定



という二文字が私と家族を縛り付ける



うちの両親はほぼ公務員のような仕事をしていた

社内恋愛で結婚して

母は私が2歳のときに退職



父は世の中からは考えられないくらい恵まれた福利厚生の中で働いてきた


父と母にはブラック企業の実情はわからない

きっと

なんでうちの娘はあんなに大変なんだろう…?


あの子が勝手に苦しんでるのでは?

(まあ、あながち間違ってはいない)


と思っていたんだろう


体調が悪いから辞めると言ったときもいまいち母は府に落ちていなかった



体調よりも

これから大丈夫?生活できるの?


としきりに心配していた



体調良くなったらまた就活するんでしょう?あなたならきっとまたすぐ見つかるわよ



みんなの読んで良かった!

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