百五章 Mくんちの、不味いインスタント・ラーメン

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第百五章

「Mくんちの、不味いインスタント・ラーメン」

 受験指導をしていると

「クラブと勉強の両立ができない」

 との悩みを受けることがよくある。そういう話を聞くと、私はMくんのことを思い出す。大学時代に私は貧乏学生だった。家庭教師のバイトの収入が生活費の大切な一部だった。それで、しょっちゅう掲示板に貼り出してある家庭教師の募集カードを見るため、学生課に通っていた。

  移動手段は自転車しかなかったので、当時下宿していた昭和区の南分町の近くでなければバイトができなかったのだ。ある日、

「おっ、これは近い」

 と良さそうなカードを見つけた。四畳半の下宿で寝転がりながら地図を見て、位置の見当をつけて出かけた。そこには市営アパートがあった。部屋番号を探して見つけた。それで、ドキドキしながらチャイムを鳴らしてドアを開けた。

 まず、そこに見えた部屋のありように驚いた。何もなかった。引越ししてきたばかりなのかと思った。調度品がいっさいなかった。照明器具さえなかった。暗かった。入ってみると、高校生らしい少年と、小学低学年らしい少女がいた。見るからに貧しそうだった。

「これはヤバイ」

 と思った。

  一応、バイト代はカードに書いてあったけれど貧乏な家だと長く続かない。とりあえず、窓の近くの自然光のもとで小さなテーブルのようなものを出して数学の勉強を始めた。

  ただ、驚くほど頭の良い少年だった。人は見かけによらないと思った。失礼だけど、驚いた。今思い出しても、過去に指導させてもらった中で5本の指に入る優秀な高校生だった。

どうして、こんな貧しそうな子が家庭教師を依頼してきたのか、わけが分からなかった。

  そうこうして、1ヶ月経ちバイト代を受け取る日が来たのだが親が出てこなかった。私が初めて母親に出会ったのは翌月のことだった。その日は、訪問したら大きな声で

「私、今お風呂に入ってますから勝手にあがってねぇ」

 と女性の大きな声が奥の方から聞こえた。私はドギマギした。すると、

「いっつもお世話になってます」

 と現れた姿にまた驚いた。見るからに水商売の姿だったからだ。お恥ずかしい話だが、大学生の私は水商売の女性などナマで見たことがなかったのだ。当時は

「水商売の女など、最低だ」

 と思っていた。

「なんで、貧しい水商売の子が家庭教師など・・・」

 と、さらに謎が深まった。ただ、受け取ったバイト代が紙幣と貨幣が混じっていた理由は分かった気がした。本当にお金がないのだ。

 当時、私は家庭教師を何軒も掛け持ちしていたのだが、たいていはお金持ち。一戸建てで

「今日は一緒に夕飯を食べてってくださいね」

 と言われて、豪華な夕食をご馳走になったりしていた。Mくんの家でも一度同じことを言われたことがあった。

「一緒に夕食を食べよう」

 それで、出てきたのはインスタント・ラーメンだった。しかも、具なし。不味かったことをハッキリ覚えている。小学生の妹は、まだ自分の状況がよく分かっていないようで、

「おいしい!」

と言っていたが、そのうち自分の家が極貧状態だと気づくだろうと思われ、気の毒だった。

詳しいことは分からなかったが、

「学校でバイトは禁止なのだけど、ボクは新聞配達だけ認めてもらっている」

 ということが分かってきた。もちろん、クラブの朝練など出来るわけもなく部費など出せるわけもないようだった。あまり関わりたくなかったので詳しくは聞けなかったが、父親はいないようだった。つまり、母子家庭らしかった。

  そのため、小さな妹の世話も、洗濯も、炊事も、家庭教師代の管理も、すべてMくんが行っているようだった。私はあまりのことに

「ボクは恵まれた少年時代をおくったんだなぁ」

 と思った。

  その頃、Mくんがこう言った。

「こんなボクでは医者なんて、絶対にムリだよね・・・」

 私は胸が苦しくなった。極めて優秀な生徒だったからだ。私は水商売の女性などアホだと思っていたけど、話し方はガサツでも家庭教師を依頼しているということは息子を強く愛していることが分かったからだ。

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