精神病と呼ばれて。また精神病の自分が結婚した事について。②

1 / 2 ページ

前編: 精神病と呼ばれて。また精神病の自分が結婚した事について。①

 俺たちは激しく恋愛をした。お互いが初めて出会った異性のように激しく求め合った。


親は猛反対をした。精神病で何も出来ない俺が結婚等とんでもないと。また発病するかもしれないと、親は断固反対の姿勢を崩さなかった。


その反対の意味は、離婚した後でようやく分かったのであるが、当時の俺は薬を辞め、断薬して一般就職した。


あるチェーンレストランの店長候補として入社した。そして入社して試用期間が終わったと同時に入籍。


その後、彼女は家が欲しいといった。だから家を買うために二人で貯金をしよう!!!!と言った。


そして子供は二人欲しいわ。男の子と女の子。


その計画と言うか、予定通りに子供を授かり、男の子と女の子に恵まれた。


俺は長男が産まれて、彼女の態度が急に自分に向いていない事を寂しく思った。


そして俺は趣味に走った。


それが小説を書くことであった。結果的にこの小説を書くという行為と小説を仕事の合間を縫って書くということが、三回目の発病になるとは思いもしなかったが。


丁度長女が生まれた頃、俺は長編小説を書き始めた。結局何にもならなかったかと思われた長編小説は九年の時を経て、ある有名な出版社の賞の最終選考にまで残ることになったんだが、小説家に憧れていたつもりの俺も、ただ単に格好つけたかっただけなのかもしれない。


そんな事よりも離婚して、結果息子と娘と生き別れになって九年間会えなくなったのだから憎むべき小説なのかもしれない。


その小説をある出版社に持ち込んだのであるが、そこが言葉巧みに自費出版を勧めてきて、何で作品をお金を出してまで出すのか意味が分からなかったので、俺はその言葉を信じなかった。


そして、小説が出来上がった頃、家が建った。二世帯住宅である。そこは彼女の父と母と一緒に暮らす家となったのだが、俺は発病していたので、三週間ほどで家を追い出され実家へと強制送還のような形で療養してきてくださいと言われた。


彼女の計画は全て叶えられた。


俺はバイク一台だけで追い出された。しかし病気の親を子供たちに見せるわけにはいかなかったと言う事も確かにある。


俺はぶっ飛んでたし、仕方が無かったのである。


克明に書きたいが、ここはあえて伏せさせてもらいますね。子供達のためにも。

結婚とは何かを何時も問い続ける毎日になってしまいました。その後の人生は、本当に終わってるとしか言いようがありません。


五百万ほどあった年収は年収100万ほどのパートになり、今現在では障害者の通う作業所に通っています。


しかし、最近になって思うのです。


あの時に離婚していなければ、子供たちに悪影響を及ぼすだけの父に終わっていたなあと。

みんなの読んで良かった!