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15/12/3

中国大陸で知ったことは、自分が何も失いたくないと思うときには、好きな人と結婚は出来ないということ。後半

Image by Olia Gozha

ある日、決定的な事件が起こった。彼のお父さんが脳卒中で倒れて、突然亡くなった。まだ50代だった。Skype電話で聞いて血の気がサーッと引いた。



「えっ、あのカンパーイって言っていたお父さんが?!この前まで元気だったのに!」

「原因は、アルコールだったんじゃないかって言われてる。」

「そうだったんだ・・・。辛いよね。」

「本当に、俺は後悔をしている。」



彼はこらえきれず涙を流しているのがSkypeから伝わってくる。


「なんで、親父が生きている間に、結婚をしなかったんだろう!!」


私は電話口で凍った。

「「親父に孫を見せてあげたかった!!!!」」


彼が私を責めているわけではないのは、よくわかる。

それに、私と付き合っていると言ったってわずか1,2ヶ月のことだ。

自分がいなくたって、孫までどう考えても間に合わない。


私は、彼に言った。

「もう、結婚したほうがいいよ。お父さんのためにも。お母さんもこれから寂しがると思うから。」

「うん。」


もうお互いに何も言わないけれども、これが別れの瞬間だってどちらもわかった。


その2ヶ月後、彼はお見合いをした。1回のお見合いで結婚があっさりと決まった。


私は、仕事でまた中国にやってきた。



「時間があったら山に登らないか?みんなでこれから行くんだけれども。」

「あ、私も行くわ〜」


ということで、彼の会社のみんなと一緒に山に登ることになった。


なんという山かすっかり忘れてしまったけれども、岩がボコボコした高尾山みたいな山だった。初心者でも登れるように、道はしっかりと舗装されていた。履き慣れた運動靴で十分だった。


てっぺんにウィグル族が作るラーメン屋があった。うどんみたいに麺が太く、普通のラーメンの4倍ぐらいの長さがある。途中で歯でちぎらないとのどがつまる。そこの牛肉麺を食べていた時、彼は私に話しかけた。


彼以外は日本語を話せない。だから、私と彼だけの会話は、みんながいても出来てしまうのだ。


「君は、中国に住まないか?」

「ぶほっ!!!!!ゲホゲホげホッ!」


見事に麺がのどに詰まった。


「君みたいな日本人、他に見たことがない。商才はあるし、意思表示もはっきりしている。どっちつかずなことを言わない。中国人にも負けないぐらいの気の強さもある。この国は、これから大きく発展する。何よりも日本のような男女差別はこの国にはない。実力があれば、男女関係なく出世できるのが、俺達の国だ。」



話がかなり壮大になっている。彼は日本に留学経験もあるから日本のことをよく知っていた。日本は、子育てや家事は全部母がやることになっているから女性の負担が大きすぎると考えていた。


「この国なら、子どもを産んでも、メイドを雇える。仕事は続けられる。」



本気で言っているようだった。

私は、そんな突然の話にただびっくりして呆然としていた。

そして、心の整理をつけるようにゆっくり話した。

「うーん、むしろ私は今の日本をどうにか出来る人になりたいわ。」

「明美さんらしいわっ。」



と、彼はめちゃくちゃ笑っていた。


そして、その半年後に私は現在の夫、ひよこさんと出会うことになる。

その1年後、結婚問題に真正面から取り組むために、結婚相談所をスタートさせる。

一方、中国で彼には、可愛い子どもが2人出来た。


 改めて思うことがある。出会いというのは本当に博打に似ていると思うのは、どれだけ捧げられるかを試されていることだ。


 私は、結局大阪で根付きつつあった結婚相談所を東京に移動してでも、ひよこさんとの結婚を選んだ。中国よりも近いというのもあるかもしれない。

 しかし、この人と生きていくならば、自由なんてなくてもいい、一緒に人生を助けあって支えあって生きていけたらそれでいいと自然に思えてしまったのだ。


 自分が何も失いたくないと思っている間は好きな人とは結婚が出来ない。

2度めの結婚を通して一番知った真実だった。


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