離婚   ①

 結婚当時、俺は元妻を恨んだ時期もあった。何故か?


優しくしてくれないからだ。


例えばこう。


K
ねこねこ君?昨日トイレの電気つけっぱなしだったわよ?
ああ、ごめんごめん。気をつけるね。

それを怒りながら言う元妻。


それが、ずっと七年間言われっぱなしだった。


直せばいいのに??


とそう言われるかもしれない。


でも発達障害も持っていた俺は、出来ないのだ。やろうとは思った。


でもできなかった。直ぐに忘れてしまうのだ。簡単な事ができないのだ。勉強なら出来たが、一般の健常者とは違うと言う事に、少しは気を付けて物事を言って欲しかった。


それは俺の甘えだろうか?


リハビリの先生をやっていた彼女は、医学の基本的な知識は持っていたはずだ。もう少し夫を知ろうとしてくれても良かったと思った。


だが、厳しい言葉は日々追うごとに増していくばかり。


俺の親の教育がなっていなかったから、だとまで言われて、大喧嘩になった事もあった。


その時は皿が飛んできた。かなりの数の。(涙)


俺は決して暴力は振るわなかった。チーマーのリーダーをやってた俺も、元妻kにはほとほと困った。


これは逆DVのような気もするが、そこはほれ?みっともないでしょう?言うのが。逆DVとか。。。。(笑)


ある時、こんな会話があった。


K
ねこねこ君?箸の持ち方注意された事なかったの?絶対におかしいよ?
そう?一回も言われた事ないけど。。。
K
いいや、絶対におかしい。私が直してあげる。ふふふ。良いもん買って来たんだ。じゃじゃ~~~~ん
何その怪しいリング付きの箸!
K
好いから良いから、これで一ヶ月間位訓練すれば、大体直るらしいから。やってみてん?
ええ、嫌だなあ。
K
何言ってるの?貴方が会社の集まりとかで、箸を持つときもあるでしょう?みっともないから言ってあげてるの!
はあ。んじゃあ、やってみるよ。。。(面倒くさい事になったなあ)
K
よしよし。がんばれ~~~!

普通の夫婦の会話のように聞こえるが、相手は俺の三つ下。俺は完全にがき扱い。と言うか幼児以下扱いだ。


こんな事もそうだったが、元妻の顔は怒りまくってるように見える。不思議と、これはもう夫婦扱いして良い夫婦関係ではないな。そうも思っていた。


でも好きであった。だから関係は保たれていた。愛する女はただ一人。Kだけであった。



決して心は離れてはいなかった。元妻の心がどうであったかは分からない。元妻が最終的に離婚届にサインしてと言ってきた事からも、実は昔から夫婦関係は破綻していたのかもしれないと思ったが。


今では会話する事も無いから分からないが、相手の気持ちは良く分からない。特に離婚後の女性の気持ちはあっという間に覚めると聞いた事があったから、実際は覚め切った夫婦関係を、家を建てるということと、子供がいると言った理由から離婚に走れなかったと言う事もあるかもしれない。


俺は月に一万円のお小遣いでやってきた。タバコ買ったらもう終了。(涙)


そして奇跡的にも息子と娘を授かった。


俺は息子と娘の為に、頑張って会社でやっていこうと思った。しかし体力勝負の店長職は続かない。娘が産まれる、少し前だっただろうか?


相手のご両親からこんな話があった。


義母
お隣の家が売りに出されたのよ?私たちが買うから、貴方たちその上に二世帯住宅を建てない?
ははは。いいかもしれないですね。(ヤバイなあ。Kだけでも厄介なのにkを育てた義母は更にパワーを持った人であった)。
義母
んじゃあ、明日契約してくるわね。
え?今の話本気だったんですか?少し待ってくださいね?

俺は少し話をうやむやにしようと首を捻って考え出した。すると元妻がこの話に乗っかってきた。



K
良いわねえ!!!!!その案絶対に良い!!子供たちも大きな家で鍵っ子にならないで済むし、そうしようよ?ね?ねこねこ?
ああ、まあ、そんなに言うなら、そうしようか。(こりゃ駄目だな。敵わんわ)(涙)
K
うん。玄関とか、お風呂とか、キッチンとか全部二つに分けて、ねこねこのプライバシーは守るから!!
え?うん。
K
ん?一つのほうが良いの?
え、いやあ。少し考えてから行動しようよ?大きな買い物だしさ。(汗汗)
K
うん。じゃあ一週間位で決めてね?ねこねこ?
分かったよ。(涙)

実は俺は、家なんて欲しくなかったのだ。それよりも愛が欲しかった。躾なんていらない。ただ俺のままの俺を愛してくれれば、何もいらないとさえ思っていた。子供達がいて、仲良くやっていくほうが大事に思えた。


それは今でも考えは変わらない。躾も大事かもしれない。しかし相手の親を否定して矯正するなんて、俺の親を馬鹿扱いしてるようで、嫌だった。


そんな事よりももっと愛について話し合いたかった。


夫婦存続の危機に至ってると思っていたのに家を建てる????????????


俺には意味が分からなくってテンパった。


愛さえあれば、家なんて借家でいいんじゃない??と思っていた。


それが何故二世帯にまで話が飛んだのか?俺には全然分からなかった。


家の前に考える事が山積してるじゃないか?


とか思ってる間に、家は壊されて、Kの希望通り玄関一つ。キッチン一つ。お風呂一つ。俺の書斎1.5畳が出来上がった。


その間に俺達が当時住んでいた、アパート2LDKに相手の両親。娘、息子、K、俺の六人で雑魚寝と言うとんでもない六ヶ月間があった。その後完成。


俺の中で何かが切れた。プツンと。


これは何かしなければ、死んでしまう。ストレスで。


そこから俺は書斎で出来る仕事を探した。唯一の俺の砦であった。書斎よりも大きな収納庫が隣にあった。


何かもうどうでも良くなって、自暴自棄になっていた。


そうして俺は小説を書いた。自分の体験談を含めて理想の家族像と理想の現実逃避に飛んでしまったのだ。


今は障害者となって、見事に障害者っぷりを発揮しながら、障害者の会社で働いてる。勿論俺が精神障害者だということも知ってる会社だ。


こう言った仕組みの施設が出来上がったのは、約六年前だった。俺が二世帯住宅に住み続けられなかったのも、運命だったのだろう。


俺は二世帯住宅に三週間ほどだけ住んで、戦力外通告を受けた。会社からも、元妻の家からも。


その後俺は、親父のポケットマネー代わりの通帳を実家で発見し、思い切り使いたい衝動に駆られ、使い込んだのです。


最後の反抗期。それが32歳の夏にやって来ました。使った額は400万ほど。親を騙し、元妻も騙し、やりたい放題にやりました。


親からはめっちゃ切れられましたが、俺の七年間の鬱積したストレスは、もう4億でも使いたかった位です。


まあ病気だったから最終的には許してもらいましたが。(笑)

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。