芸能界から高校受験へ。受験燃え尽き症候群が僕にもたらした悲劇。何も目標もなくなった僕に仲良くしてくれた苛められっ子の大親友。彼のお陰で僕は高校を卒業できた。その後彼はゲイの道へ走り芸から足を洗った僕はゲイの彼と未だに仲良く話している(笑)彼が教えてくれた、様々な事。二人っきりで毎日バイクで遊びまわり、世の中からは不良と呼ばれたが、そんな事はどうって事無い。ただ生きる事に必死なだけであって、ゲイの彼とノーマルの僕の奇妙な関係が何時までも続きますように。①

 僕の受験戦争は人から与えられたもの(父親)。目的や明確な受験に対する目標も、将来に対するビジョンも何も無いままにただ受験しただけでは、高1から破綻する人生が待っている。


僕は元々明るかった。途轍もないほどに明るく人気者だったと思う。文化祭の演劇では主役以外はやってこない。勿論劇団に居たからだ。そういった劇団に通ってる人間はほぼ居ないほどの、東京の外れにあるもうほぼ神奈川と言っていいところに住んでいた。


そこから都会にある劇団まで毎週日曜日になれば通っていたし、エキストラのスタートをきってからは、どんどん舞い込む出演の話。劇団から電話がかかってくると、僕の心臓は高鳴り心はウキウキしてワクワクした。


スタジオのあるテレビ局や撮影所にはスタッフが大勢居て、小さな僕に「おはようございます」と挨拶をしてきて「おはようございます」と僕も返す。


夜なのに「おはようございます」と言うのに慣れるまで時間がかかったが、「おはようございます」「お疲れ様です」と言う大人の会話が、小学校からやっていたので、普通の子供たちの遊びは面白くなく、どんどん不良になり、中一にはもうタバコの味を覚えた。お酒も飲んだ。女の子には潔癖なほどに硬派であって手も繋がずに居た。手繋ぐとか恥ずかしかったし、女の子と付き合っても、付き合い方が良く分からなかった(笑)。そんな僕は子供の格好をした大人でもなく、子供なんだが、少し大人の世界を垣間見ており、普通の人が感じない空気を読むことに長けていた。


そんな僕が、何故受験などする事になったかと言うと、父が高学歴で父の兄弟や従兄弟たちも皆、高学歴、高収入、財閥系の商社なんかに勤めてる人達ばかりであった。


そんな環境に居ながらも、僕が芸能界に居た事は、従兄弟達の自慢でもあり、面白い男として囃し立てられ、色んな意味で従兄弟の中でも目立っていた。


僕は将来は俳優になると思っていたし、劇団に居ながら訓練し、舞台やテレビや映画などで活動していくんだとばかり考え、学校にはテレビの仕事やラジオの仕事などがあって通えていなかったので、ほぼオール


そんな所から何故に進学校に行けと言ったか、親父なりの考えがあったのかもしれないが、結果は酷く惨めで、自分がこの世の中で一人ぼっちになってしまったと言うような、ショックが待っていようとは思いもしなかった。


ところで僕の通信簿を取っておけばここに載せたかったが、悪いにも程がある。オール1なんていう通信簿は親だったらビリビリに破り捨てて、この世の中から抹消したかったのも無理は無い。ゆえに残っていない(笑)。


僕は出来の悪い子だったと思う。九九も正確に言えない。特に顕著なのが九の段だ。ここは改めて今考えても酷い。これは高校受験した時に数学は捨てようと思って捨てたので、九の段もヤバイし、分数もヤバイ。面積もヤバイ。体積なんて意味不明。


英語は、be動詞から分からない。これは塾に行こうが何しようがお手上げだった。先生は匙を投げた。取り合えず一番酷い高校も入れませんと言われた。仕方ない、中卒で行くか位に思っていた。


得意科目は美術だけ(涙)そこだけは、小学校時代からずっと褒められて、美術の時間だけヒーローになれた。あとは体育は足が遅かったのと、運動が嫌いだったので、体育は3。それ以外は全部1


そんな人間がどうやったら人間生活を送れるかって?送れるんだよ。結構簡単に。不良になっちまえば関係なかったんだよ?(笑)


中学校一年の時に中二の先輩から暴走族に入れと言われた。おいおい、中一で暴走族かよ?(笑)


あの当時の僕たちの学校はスクールウォーズそのまんま。卒業式には校庭に単車のヤンキー達が暴れる暴れる(笑)。


隣の中学校はもっと酷くって、俺が小学校六年の時に実際にあった事件なんだけど、担任の先生を木刀で滅多打ちにして、殺しちゃった人が居た。勿論少年院に入ってったが。そんな時代だったよ。


警棒位は持ってないとマジでヤラれる。そんな危ない時代。今よりも緊迫してた。担任殺すとか、今じゃあ多分無い。担任が手を上げるだけで教育委員会から呼び出される始末。そして大体がニュースになる。


俺たちの子供たちの世代は、そんな危ない世代に中学校や高校時代を過ごした奴らの二世。まあ親が危ないんだから子供たちもやはり危ない奴らになるよな。


まあ、今日はそんなテーマじゃないので、飛ばす。


俺は暴走族に入ったら仕事に出られなくなると言い、丁重にお断りをしたんだが、十八になるまでしつこくその先輩からは苛められた。(涙)


今だったら絶対にぶん殴ってるが、その頃の俺はまだひ弱だった。そしてその先輩は、普通じゃなかった。俺が単車で高校時代遊んでたら、マジで真後ろから突っ込んできた。それも車で。俺はあの時に見た。殺意と言うものが見えた。実際に単車の後ろに車でぶつかってくるもんかね?


ちょっと危ない先輩だったので、その後の話は聞かないが、恐らくアングラな世界にいっただろうな。。。


と言うわけで、俺たちの危ない恐慌時代は中二の終わりまで続くんだが、親にタバコがばれてしまい、そこから地獄の受験戦争に巻き込まれた。


受験に勝てば良い世の中になるぞ?好きな職にも就けるし、良い給料も貰える。芸能界で一生やってけるほど、芸能界が甘い世界ではないと思うぞ??????と攻め寄られ、俺は父には勝てなかったので、父の命令に従い、受験に入った。


それはもう、中学校二年も終わり、中三に上がる春休みの事であった。

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