離婚は必ずしも子供にとってマイナスではない。離婚を考えている人へ、大人になった私が伝えられる「親の離婚を経験した子供の気持ち」

1 / 4 ページ

「子供のために離婚はしない」なんて大きなお世話だ

私の両親は、私が11歳の頃に離婚している。

正確には、10歳の頃に母親が家を出て行き、11歳の頃に離婚が成立した。

特に裁判や離婚調停などを行っていたわけではなく、何度も話し合いを持った(多分)結果、離婚する時期が1年後になったという流れだったと思う。


最初に「離婚するんだな」と気付いたのは、母親が「おばあちゃんの看病がある」といって実家に帰ったときだった。

朝起きたら、母親はいなかった。

それまで、私は母親にも父親にもベタベタと懐くことはなく、どちらかといえば同居の伯母(祖母が死去しているので。私には祖母のような感覚だった)に懐いていた。だから母親が実家に帰ったことで、悲しいだとか寂しいだとかいう感情を特に持つことはなかったが、

“夜のうちに母親が実家に帰った”ということだけで、「・・・離婚かな?」と感じたのを覚えている。


母親が実家に帰って1週間後、伯母が夜、になると頻繁にに出入りし、コソコソ話をするようになった。

兄弟とはいえ、伯母がわざわざ何十年も一緒くらいしている弟(父)とコソコソ話をする異常な様子に、当時小学4年生の私はすぐに違和感を感じた。


そしてその数週間後、父親に部屋に呼ばれ

「お母さんと離婚する」

と聞かされた。

一つ下の弟はバカだったので、伯母と父親のコソコソ話の内容まで聞こえるくらいの距離にある部屋にいたくせに、「離婚する」と聞いて言葉を失い涙ぐんでいた。

弟のことを「こいつ、ほんまにバカやな」と確信したのもその時だった。



うちの父親は、ものすごく昔堅気の人間だ。

口より先に手が出るタイプで、私たちも幼い頃からちょっとしたことですぐボコボコに殴られていた。

ものを壊した、弟を泣かせた、言うことを聞かない・・・、あらゆる理由で、女であろうと御構い無しでボカスカ殴られた。

でも、虐待だとは思っていない。典型的な昔のお父さんなのだと、今考えても思う。

だから多分、母親も言い争いになった時は、ものを投げられたりビンタされたりしていたのではないだろうか。アザがあったり怪我をしたりというDV的なものではないのだが、やっぱり喧嘩の時は皿やコップが割れる音がしていたから。


父は学歴もないし、学校を出てすぐ家業を継いだため、一般的な会社での上限関係などにあまりもまれずに生きてきた。発展的な話し合いなんて絶対にできないタイプで、そもそも感情だけで生きているので自分でもコントロールできない。

今でいえば典型的な暴君かもしれないが、昔のお父さんといえば大なり小なりこんな人も多かったと思う。

それでも面倒見が良く、よそのお父さんと比べても学校行事や少年野球などの子供の行事には積極的だったし、仕事で何処かに出かける時は色々なところに連れて行ってくれた。

テレビや冷蔵庫も調子が悪くなったら直せるし、夏休みの木工作品は誰よりもかっこいいものを作るために手伝ってくれた。

私にとってはとてもいい父親像もたくさん見えた。

今の世の中ではちょっと時代遅れかもしれないが。



だから、父親に「話があるから部屋に来い」といわれた時はまさに青天の霹靂!といった印象だった。

「部屋に来い」の時点で、離婚の話、なんだったら「もう離婚したから。お前ら、この家にいろよ!」くらいのことを言われるんじゃないかと瞬時に悟ったので、

逆に私は「おいおい父よ、私たちを呼び出してまともに話なんかできるのか・・・?」と心配すらした。


父の話は、まとめるとこうだった。


・おばあちゃんの看病というのは嘘だった

・お前ら(子供)がいるからお母さんに帰ってきてほしいとお願いしているが、嫌だと言っている

・お母さんさえよければ、別に家を借りて家族4人だけで住む(同居の祖父や伯母と離れて暮らす)ことも考えている

みんなの読んで良かった!