第百十七章 本当の優しさと、コストパフォーマンス

第百十七章
「本当の優しさと、コストパフォーマンス」
  私は四日市高校が好きではないが、Oj君をはじめ北勢中学校ではあり得なかった日本で最高の頭脳と知り合えるチャンスをもらったことは感謝している。自分がかなわない相手と競争してもしょうがないので、自分の生きる道を探ることができた。
  もし、桑名高校やいなべ総合に進学したら慢心していたかもしれない。そして、ずっと後で方向転換を考えて難しい状況になったかもしれない。早く一流のものに接することはいいことなのだ。
  だから、私は現実を生徒に知らせるのはできる子にも、できない子にもメリットはあると思っている。オンチな私を人並みの歌を歌えるようにするには、ありえない時間とエネルギーとお金がかかるだろう。私はそんな道を進まない。自分にできることをやる。
  勉強やスポーツや音楽や文学や・・・。全て同じことだ。
  どうして「デス・ノート」がヒットしたのだろう。どうして「必殺仕事人」がヒットしたのだろう。

 
 人殺しや酷い犯罪を犯したヤツは死ぬべき。社会から排除しないと、真面目に生きている人たちが犠牲になる。大多数の人たちは、そう考えている。飲酒運転をしたり、暴走行為をしたりするような人間は死んだ方がいい。麻薬や危険ドラッグをやるようなヤツはこの世にいない方がいい。
  人間はそう考える生き物らしい。
  それは、中学生や高校生も同じことだ。勉強に向いていない子を指導するためには通常の何百倍もお金がかかる。そして、日本にはもはやそういう子を支えるお金がない。人はそれぞれの適正にあった方向に進むべき。
  優秀な理系女子の発言を聞いていると危険を感じる。
「なんで、あんな子が私と同じクラスにいるのだ」
 という感覚。当たり前だ。その素行最悪な人のために自分の勉強が妨害されるから。そのヤクザ予備軍の子が将来人類に災いを起こる確率が高いと感じているから。

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