あなたのストーリー

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政治家としての味村彰久
私たちの将来はどうなっていくのだろうか?
経営者としての味村彰久
きっと答えがあるはずだ。
職員としての味村彰久
それを探そう。

はじめに



私たちは今、どこに向かおうとしているのだろうか?

1人1人が夢を追い、生活をしていくことができるのか。

そんなことを客観視しながら、日々目の前の仕事に取り組んでいる。

1 東京都に生まれる


自分のことを書く場と言うことは増加している。

しかし、自分の生涯のことを書く機会は結構少ない。

このサイトは、自分の将来のことに焦点を当てている。


自分のことをあらためて書くと言うことは何を意味するのだろうか。

人生の整理整頓。

これらの生き方。


これらをコンテンツ化して共有する。

これによって、何かしらの答えを見つけ出そうとしているのだ。

この文章を読んで繋がる機会が生まれるかもしれない。


私は東京都で生まれ、東京都で育った。

東京都と言っても結構外れの方で、畑とか山とかがある。

所謂、都心部ではない。


そのため、1年間海外にいっていたのだが、選んだのはNZ。

ニュージーランドは羊が沢山いた。

自転車で国道を走ったのだが、近寄ると羊は逃げていく。


反対に馬は近寄ってくる。

と言う動物によっての違いを感じた。

そのようなことはどうでもいいのかもしれない。


問題は、今後の日本をどうするかである。

1つアイディアがある。

これは年金制度の完全なる撤廃である。


私達の世代は年金がもらえるかどうかはわからない。

貰えるかどうかわからないのなら、もう貰えないと言い切った方がいい。

今、私たちは宝くじのような未来に向かって進んでいるのだ。


当たるかどうかはわからない。

大体の人は外れる。

この外れた時に待っているのはなんだろうか。


それは生活難である。

当たり前だ。

お金が必要な社会になってお金がなければ社会では生きていけない。


それこそ、他の動物の社会で生活をしなければならなくなる。

人間社会で日本を生きるためにはお金が必要なのである。

私たちは結構長く生きる。


そのため、それらのことまで今、考えておくことを望まれている。

子どもの頃に、将来どうなりたいか。

将来のことなど大人でもわからないのに、子どもの頃は、そう問われる。


そして、大人でも応えられないのに、こともには明確な答えが求められる。

なぜなんだろうか。

それは、その大人と言う単に年を重ねた人間にアイディアを埋めないからだ。


そのため、発想力が豊かでわりかし自由な子どもに将来の計画を任せようとする。

正直、それは他力本願である。

そして、それらの集約が年金制度。


老人たちが支給されている年金は、私達の支払っている税金から直接支給されている。

そう、彼らは私たちにタメ口など聞ける立場ではないのだ。

私たちは彼ら老人の経営者であり、老人は労働者なのである。


それも働かない労働者。

そのような老人は要らない。

かといって、手放すわけにもいかない。


手放したら彼らは生きることができない。

そんな重みを背負い、私たちは将来に向かって生活をしている。

この空気に打ち勝てなければ、私達の中から1人1人とまた事故や事件に巻き込まれる。


私は東京都に生まれ、日本に生まれたことを後悔はしていない。

その1つに、これらの日本を作っていける責任がある。

特に、私が事務所を構えている場所は武蔵村山市。


ここでは、少し問題が放置されていて、その問題解決に日々、勤しんでいる。

微量ながらも、町が綺麗に変わっていく姿を見ていると、嬉しく思う。

けれど、この活動にも時間が取られる。


あっちでも時間、こっちでも時間。

やらなければ時間はどんどん積まれ、事件、事故が起きる。

しかし、老人は働かないで見ているだけ。


むしろ、邪魔をしてくるものもいる。

なんだと思うが、仕方がない。

軽くあしらって作業を進めていくしかないのだ。


特に今の老人の世代は無知で能力が低い。

学校に通ったかどうかと言うよりも、きちんと考えて行動をする力が育っていない。

そのため、判断を行政に任せようとする。


行政は作業が遅く、低く、ほとんど役に立たない。

これは自分が店を経営したからこそわかることである。

もちろん、中には行動力があるものもいる。


しかし、その組織の中に入ったら、もうほとんど機能をしない。

そんなことは何となくわかっていたから、私は起業の道を選択した。

もちろん、行政職員のように安定で天国のような仕事ではない。


むしろ、危険が多く、不安定である。

それでも、均衡を保っていかないと、問題は解決されない。

肉体と精神と知能の間で、誰が見ていようが見ていなかろうが、関係ないのだ。


気づいた人間が目の前の問題を解決しないと、社会は悪循環から抜けられなくなる。

日本は少子高齢化社会になり、それは未婚化が招いた産物でもある。

しかし、そんなことはかなり前から言われれていることで何の解決もされていない。


それを放っておいていいのか。

良くない。

理由はリスクが長期化されるからである。


簡単に言ってリスクはコストに変換できる。

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