元妻と俺の関係は未だ氷点にあるのだろうか?それとも許してくれただろうか?何時の日にか笑いあって子供たちと共に一緒にご飯でも食べる機会が来るだろうか?

 時々、ちょっと最近、昔からの浪費癖の抜けない母に怒りを覚える。妹も兄にも言えるが、いい加減損益分岐点でも練習させようかと考えてるマジな俺。俺もだが(笑)これはやっぱり遺伝だ~~~~!(涙)


母は腰が悪くなってから、とことんまで俺を苛めたような気がする。または過保護になりすぎたか?


それは俺が結婚した時の事から事を発する。


俺は精神病だったのでまともな職に就けないと、父は世間に隠すように、俺を連れて兄と妹まで連れて母と共に田舎に引っ込んだ。


俺をわざと病院の近くに住まわせ、何かあったら病院に突っ込むと言われた。


そんな事に、俺の純粋な自尊心は大いに傷ついた。


世間一般で言う障害者になった俺に、世間一般で言う所の幸福や、人権等無いに等しかった。母も怪しい行動をすれば直ぐに病院に行きなさいと言う。


これは父も同じであって、俺は常に監視下に置かれた。


それは健常者には分からない屈辱であった。屈辱と言うか、まともに大人扱いしてくれない俺に対する絶対的な人権侵害であるとさえ思っていた。


これは俺が結婚を決めた時に顕著に現れた。


「まともじゃない、あんたも元嫁も」と言われ、俺は閉塞感に満ち溢れていた現実から救ってくれた元嫁に対して本当に感謝しながら、結婚した。


そりゃ、大反対されて当然なのかもしれなかった。まともに稼ぐ事もできない俺が結婚?あんた馬鹿なんじゃないの?そう言われて俺は更に傷ついた。だから、病気を隠して、薬を一切辞めて、勢い良く家出した。これは相手もそうだが、元妻と俺は、逃避行をするように婚姻届を出した。


俺の元嫁はただ単に普通のお嬢様であって、まるで女王のように高潔であって厳しかった。


今だからこそ分かるが、彼女は俺を徹底的に社会に適合させようとしてくれた初めての人であって、最初で最後の俺を認めてくれた人間でも在った。まあ、まだ元気に生きてますよ(笑)。あとは子供も俺を認めてくれてる。母は絶対に俺を健常者扱いしてくれない。障害者なんだから夜に出歩くなとか、夕飯までには帰って来いとか、そんなんばっか。


家族ですら俺のことは認めてはくれなかった。子供と元妻と、元妻の両親は俺を鍛えてくれた。そこには大いなる愛が存在し、我が家の父や母や兄や妹は俺のことを病気だと烙印を押し、決して社会に出てはならないとそんな事を言った。または密やかに俺が巣立つのを観察していたのか?そこは分からない。今自分が親となり、凄い才能を持つ天才少年と、天才少女を見ながら過ごす毎日の俺は、タフに、もっとタフに生きなければならないと、こんな姿を見せたいわけじゃないと、日々頑張ってはいる。なかなか難しいが、俺なりに頑張っている。


俺が社会に適合できないとは従兄弟も言っていた。「おかしいと認めろ!そして絶対にもう変な事はしないとここに誓え」と。


俺は悔しさで歯を食いしばるしかなかった。当事は絶対に自分が病気だとは認めなかった。だから俺は病名(最初に付いた統合失調症)をひたすらに元妻にも隠したし、自分の過去も話さなかった。


それは改めて思えば、妻に対する虚偽の申請のようなものである。元妻には全て話しておくべきだった。流石に裸の写真集を出したと言えば、絶対に結婚等考えもしなかっただろう。それ程潔癖症なのだ、元妻は。


俺は結婚してる時に心移りはしなかったが、嘘を直ぐについた。特にギャンブルをしてるときは、相当な数の嘘をついた。他にも沢山の嘘を付いたが、これは咄嗟に出てきてしまう嘘であって、何故か嘘をついてしまう。または話を盛る(笑)。


でも大体の所、1.2倍位の盛りであったから許される範囲だと思っていた。


だが俺は妻の母がクリスチャンになった事から、妻もクリスチャンになり、俺もクリスチャンになった。


ここからが人生変わっていく。


生まれ変わらなくてはいけないと思い、俺は全ての虚偽や真実を牧師先生に話し、牧師先生の奥様にも話した。しかし、時期が悪かった。俺の娘が六ヶ月の頃だったし、息子は3歳であった。そして家も建てた。二世帯住宅である。


俺の両親は決して俺を認めなかったし、俺の妻の事も、妻の両親とも仲良くしてくれなかった。そして、俺の両親も嘘を重ねる人であった。または本当は真実であった事が、実際の所、我が家の父の謎の金銭管理によって、全ての財産は無くなっていた。


我が家は貧乏ではなかった。そしてその事に俺は昔から気づいていた。


父や母は、俺に我が家は貧乏だと嘘を付きながら、平気で高価なものを買っていた。それは俺にとって許される事ではなかった。


我が家の父が兄が借金をした時にこう言い放ったそうだ。俺は金持ち、お前らは貧乏の家に生まれたと。


これは俺がいつかあの世に行った時に聞いてみたい。俺は天国に行けるとは思っていない。クリスチャンでは在るが、真実を覗けば俺ほどの悪人は居ないと思えるほど、俺は汚い人間だ。自己中心的であるし自分のことは棚にあげて人の批判をする。これは決して俺の中で俺が認めて許されない件であり、俺は神様やイエス様に祈るとき、いつの日か真実の人になれますようにと、お祈りをする。


そうして祈るのであるが、俺は何時も自分を否定し、時に肯定し、自分が好きかと思えば、自分が嫌いであり、何時も矛盾を繰り返す。


だから真実に生きる元妻には、顔を正視出来ないほどだ。それ位に俺の罪は重い。そう考えてる。


人には自分を偽りながら生きてる。健常者の中に混じって健常者のように見えるし、本当に病気なのかと思えるほどに自分を偽る。格好をつけて生きている。ファッションにも気を配り、髪型にも気を配り、筋肉を付けて、人に負けない肉体をつけている。でも本当は、汚くって嘘つきでつまらなくって小さな人間である。


そんなちっぽけな人間だ。聖書を真剣に眺める事も読む事も勉強したり、信仰を共にする教会員も居ない。どうやったら俺は教会に通えるようになるのだろうか?本当は教会に行って聖書の事だけを信じて聖書にずっと触れていたい。


しかし自分のあさましさや、汚さを見つけて自分は教会に行く資格は無いと、もう一人の俺が言っている。息子も娘も本当に凄い。昨日あるホームページで娘がジュニアグランプリを取ったと言う情報が出ていた。ピアノである。息子は組曲部門で一位であった。


俺は自分が恥ずかしい。こんな障害者の自分である。自分が大嫌いな自分である。しかし彼らはそんな事には気づかないだろう。


以前元妻の計らいで、息子と娘のピアノの演奏を聴きに行った事がある。もう何がなにやら分からないように凄かった。感謝で涙があふれた。誇らしげに見ていた元妻の母親。元妻の教育の賜物だと言っていた。


俺は穴があったら入りたいような気分になった。子供がこんなに凄いのに、自分は何て下らない事に人生をかけているのか?パソコンができる。過去にテレビに出ていた。アガサクリスティー賞の最終選考まで行ったが結局最終選考で落ちてしまった。くだらねえ。実にくだらねえ。俺は自分の人生を考え直す時期に来ている。そう感じた。


息子と娘の結果発表をホームページで見て、思わず電話しようかと思ったが、辞めた。下らない人生を送ってる自分が、輝きをも持ってる、自分の息子や娘に何て声をかける?またそう言った素晴らしい教育を施した元妻に何て言って声をかける?


俺は受け身で生きてる。


自分から率先して皆を引っ張っていけた中学生の頃の俺だったら、自分を叱ってるはずだ。また、あっという間に死んでしまった、自分の父に対しても格好が付かない。


頑張ってる姿を見せていたい。母に対してもっと楽をさせたい。妹にとっても楽をさせたい。自分ばかりが病気でごめんよ。


反省すべき点が多すぎる最近の俺が、まだまだ元妻に対して感謝と全ての真実を伝えられるのは何時の日か?子供が成人したら言おうと考えてる。


何時かきちんと全てを説明したい。釈明と言うのだろうか?信仰告白もしたい。きちんと教会で学びと祈りを捧げたい。早くまともにならないかなあ。この脳と心。



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