第百四十章 人にしてもらいたいと思うことは何でも人にしなさい

第百四十章

「人にしてもらいたいと思うことは何でも人にしなさい」

出典「新約聖書」-マタイによる福音書(マタイ伝)第七章http://imgp-a.dena.ne.jp/exp1/20090123/110/155350829_1.jpg

「新約聖書」-マタイによる福音書(マタイ伝)第七章
私は塾で授業をする時に、

  つぎつぎの閉鎖が相次ぐ塾業界だけれど、30年以上にわたり支持されてきた。同じ業界の人から、その秘訣を尋ねられることもある。それは、自分がクリスチャンだったからかもしれない。

「目先の利益より塾生の方の満足感を優先してきた」

 と言うと、きれいごとに聞こえるだろうか。

 

 合格判定テストのコンピューターやソフトのデータ収集は大金がかかった。それで、投入する資金が回収できるか誰にも分からない。英検1級などの資格試験も、勉強のためにも受験料もお金がかかった。センター試験を10回受けると、18万円。京大受験は受験料、交通費、宿泊代をふくめて7回で50万円くらいかかった。

「京大合格の英語力、数学力が本当に必要か。

 疑問に思わないわけではなかった。

 

 でも、踏み切った時は

「人にしてもらいたいと思うことは何でも人にしなさい」

  という聖書の言葉が背中を押すのだ。私は北勢中学校時代、本当に自分の学力中が知りたかった。合格可能性が知りたかった。四日市高校時代は、解けない数学の問題を前に呆然としていた。

「誰か、解き方を教えてくれ!」

 という切実な思いがあった。だから、塾生の方が望んでいることは、すぐに分かった。それを実現するには思いだけでは足りない。行動に移さないと、信仰と言えないのだ。たとえ、困難な事態が起こっても、神様は乗り越えられない試練は与えられない。何とかなる。そう思ってきた。

  私の友人の塾経営者は、私が勉強に使うお金をゴルフ、ギャンブル、飲み代、愛人に使っていた。そんな塾経営者に負けるわけがないと確信していた。

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