旅する女と煮込み料理、あるいは熱々のピザ

 皿の上で冷たく息絶えたピザを見て考えた。冷えたピザは温めなおしてもマズい?じゃあ、冷え切ったロマンスは…?

 絶望するには早すぎる。冷まして旨味が増すものだってある。例えばシチュー。煮込み料理を美味しくするコツは一度ゆっくり寝かすこと。冷めていく時にこそ具材の味が浸透し、こなれるという。

 煮込み料理、何とも素朴で目新しさはないけれど、くたびれた胃袋と心には最適。結局ロマンスの行きつく先はそこしかない?

 映画「旅する女 シャーリー・ヴァレンタイン」は冷めたシチューを持て余した女の旅とロマンス、再生の物語だ。

 「子供が大きくなったら別れようと思ってたけど、今更どこへ?」

 42歳の主人公シャーリーが話しかけるのはキッチンの壁。なぜってかつて燃えるような時間を過ごしたはずの男が、今では「飯は?」しか聞かない夫に変貌したのだから…。時に人生は冷酷過ぎる。変わり映えのしない‟いつもの”メニューに飽き飽きしたとき、人は熱々のピザを欲しがる。シャーリーのピザはギリシアの碧い海と空、そして浅黒い肌をしたウェイターとの思いがけぬロマンスだった。

旅は人生の蘇生術だ。

見るもの、触れるもの、吸い込む空気、すべてが新鮮で、ちょっと手を伸ばしさえすれば‟特別な瞬間”がいたるところに散らばっている。

 かくして命を取り留めた旅人は浮かれ立ち、人生の美しさに目を見張る。Bonvoyage! 無垢な好奇心が使い古した理性を飛び越えるとき、私たちは何度でも若返り、生まれ変わる。シャーリーしかり。エキゾチックなロマンスが、実は安っぽいテイク・アウトのピザに過ぎなかったと気づいても、旅する女にもう怖いものはない。

 「だって私、人生に恋したのよ!」

 映画を観たとき、私はまだ10代だった。シャーリーと同じ年代になった今も、気ままな独身である私が彼女の憂さを心から理解することはないだろう。それでも壁に向かってつぶやきたくなる日は誰にでもある。そんな時は思い出せばいい、私たちは皆、いつも旅の途中にあることを。行先はいつだって変更可能なのだ。

 ここまで書いて気づいたことがふたつある。ひとつは燃え尽きることも、温めなおすこともできない煮え切らない関係について。人生には調理不可能なものもある。ふたつめは‟いつもの”を、いかに末永く愛すべき定番メニューに仕立て上げるか。いわく、多少のアレンジを忘れるべからず。


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