けったいなクレーマー。おっさんの股間にドライヤーをあてた話。
ショッピングセンターの管理事務所というのをご存知の方はあまりいないかもしれない。
おしゃれな服や可愛い雑貨屋がウインドーを飾り、人々が楽しそうに買い物やお茶を楽しんだりするショッピングセンターはいわば表舞台である。
管理事務所とは、表舞台で艶やかに咲く花を支える黒子のような存在である。
事務所がある場所も非常にわかりづらく、従業員の休憩室なんかと一緒に地下などにひっそり存在している。
管理事務所には毎日いろんな人がやってくる。
こんなわかりづらい場所を誰かに確認してまで足を運んでくださるお客様がいることがまずは驚きなのであるが、そこまでの労力と手間をかけてこの管理事務所を探し当てるわけだからそれなりの不満をどっさり抱えてやってこられるのだ。
ある日、事務所に一人のおじさんが怒鳴り声をあげながら入ってきた。
「おい!ねえちゃん!責任者出せ!」
(なんやねん。またえらい怒ってはるわぁ。今一人やしな~。)と内心思ったが仕方がない。ここはお客様の声を真摯に聞くためにある窓口でもあるのだからと思い直し、一人で対応することに決めたのである。
「大変申し訳ございません。ただいま責任者は席を外しております。私でよろしければお伺いいたします。いかがされましたか?」
丁寧に言葉を選びながらそんな感じのことを伝えたところ、おじさんはこう切り出した。
「おい!あっこの噴水に座ったらズボン濡れてもたやんけ!こんな濡れたケツのズボン履いてウロウロ買いもんなんかして歩いてたら、ションベン漏らしたと思われるやんけ!どないしてくれんねん!えっ!」
(知らんがな。あっこの噴水は「注意!ここには座らないでください。水で濡れます。」って書いてあるやんか。)心でぼやきながらも頭をぺこぺこ下げつつ謝り続けたが、おじさんはますます調子づいてきてどんどん要求がエスカレートしてきたのである。
「わかるか?こんな漏らしたみたいになったブサイクなズボン履いて歩けるかっちゅーねん!えっ!クリーニング代か新しいズボン買う代金弁償しますゆーのが当たり前やろ!」
(チッ!結局それかよ!おっさん!絶対その手には乗ったらへんからな!)
「わかりました。ズボンが濡れてたらそりゃブサイクやし、濡れたままやったら気持ち悪いですよね~!」とにっこり笑ってみせると、おじさんは「シメシメ」という文字が書かれた顔で「ねえちゃんわかっとるの~!」と言い出したのですかさずこう答えてあげた。
「ではこちらで乾かします。そのズボン。今ドライヤー持ってきますからちょっと待っててくださいね!」
おっさんは鳩が豆鉄砲喰らったようになって口をぽかんと開けていたが、そのまま隣の防災センターにダッシュで駆け込んでドライヤーを借りて事務所に戻った。
「なんやあんた!ドライヤーなんか持ってきてどないすんねん!」
「乾かします。気持ち悪いでしょ!ちょっと裏に来てくださいね!コンセント届かないので!」
有無を言わせずおっさんを事務所の控室に連れ込みドライヤーで濡れたズボンを乾かしはじめた私。
非常に変な姿が鏡に映るのを見て吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
おっさんがブスっとして突っ立って、自分はしゃがみこんでおっさんのお尻にドライヤーを当てているのである。
なかなか濡れたズボンは乾かない。おっさんもちょっと金儲けしたろかって苦情を入れにきたはずが引くに引けない状況に追い込まれてしまい、ただされるがままに突っ立っているのだからかなり不利な立場になっているのだ。
「おい!まだか!まだ乾かんのか!ズボン脱いでもたろか!」
などと言い出しズボンを脱いでパンツ姿になろうとするので
「いや、それはしまっといてください!」とおっさんを止めながらひたすらドライヤーをおっさんのお尻に当て続けた。
そこに責任者である所長が帰ってきたのである。
当然状況がわからない彼は目を白黒させて驚いた。
部下が見知らぬおっさんのお尻にドライヤーを当てているのだから当然なのだが、所長の風貌もまたものすごく恐いのだ。
アイパーヘアに色眼鏡をかけ、黒い縦縞のスーツを纏っているのでその筋の方に間違えられるいかつさなのである。
ビビったのはおっさんも同じで、あ、あっ・・・とかワケのわからんつぶやき声などをもらしたまま立ちつくしていた。
ようやく漏らしたみたいに見られない程度に乾いたズボンになったのでおっさんに向かって
「はい!乾きましたよ~!お疲れ様でした~!」と声をかけると心底ほっとした表情でおっさんがこう言った。
「えらいすんませんでした。おおきに!」
ほんまけったいなクレーマーであった。
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