毒母というワードについて思うこと。親子とは?

長女ドカ弁はJK。

中学卒業から間もなく一年になろうとしている。

新しい生活にも慣れてきた昨今、改めてほんの少し前の過去に戻る気分でアルバムを開いてみた。

「わー‼︎この写真写りの悪さよ!消えたい‼︎」

ブサイクや!あかん感じや!などと、自分の個人写真の出来栄えを見て叫ぶドカ弁。

部活の集合写真を見てみると、バスケ刈りと言われていたベリーショートで、きりりとした厳しい顔のドカ弁が写っており、わずか一年前のことが遠い昔のことのようである。

写真に続く文集のページを開いてみた。

「感謝」という題名の下にドカ弁の名があった。

私がなんといっても一番感謝したいのは両親です。毎日朝早くから私のためにお弁当を作り、毎週ある部活の試合に車を出してくれ、私が悩んだり壁にぶつかるたびに悩みを聞いてくれ、いつも見守り私を支えてくれました。

普段はまったくそういうことを口にしないドカ弁が、初めて私と夫スナフキンに感謝の言葉を堂々と綴ってくれていたことは本当に意外であり、素直に嬉しかった。

親子の間にも色々ある。

親も子も、互いに心穏やかな時ばかりではなく、親とて四六時中菩薩のような気持ちではいられない。

大人だって間違う時はあるし、泣きたい日もある。

心に余裕がない時は、我が子を疎ましく感じる時だってある。

子ども側からしても、親に対して似たような気持ちになることはあるだろう。

最近目にすることが増えた気がする言葉で「毒母」という言葉がある。

これは子ども側の視点で、「出来の悪い母親」を責める気持ちを表した言葉なのだろうか。

ネット社会の中で生まれた言葉なのだろうか?

毒母。ドクハハ。

子が母親をこう呼ぶにまで至るには様々な原因があるのだろう。

しかし、100人いれば100通りの親子関係があるはずだ。

まったく同じ人間などいないはず。

とはいえ、親からひどい仕打ちをされて苦しんでいる子も現実にはいて、誰かに救いを求めていることも少なくない世の中である。

しかし、子が親に対してひどい言葉を吐き、親を傷つける可能性だってゼロではないと私は思う。

10代の頃、いちいちカンに触ることを口うるさく言ってくる母にむかって、ババアなどと口汚く言ってしまったことが自分自身にもあったが、それはきっと母を深く傷つける言葉だっただろうということが今の自分には理解できる。

今の自分くらいの年齢だった母だって、当時は様々なストレスを抱えていたはず。

子にいらんことの一つ二つを言ってしまうこともあったのだろうと思う。

今のドカ弁くらいの年頃の私自身とて、様々な悩み事があったのだから、親子して気持ちに余裕のない時期が重なっていたのだろう。

結局は、親子関係は合わせ鏡のような部分もあるように思うのだ。

子が生まれた時に母も初めて親になる。

親としては0歳からの出発なのである。

自分自身を最優先にして生きてきた何十年間の習慣が、子が生まれた瞬間にすっかり消えてなくなるわけがない。

一年、また一年と、我が子と共に生活を重ねていく中で少しずつ親も親になっていくように思う。

15年以上の時を経て、初めて我が子からほんの少し認めてもらったのかなと思える感謝の言葉をようやく貰えた。

まったく気の長い話である。やっと親年齢も15歳か16歳というわけか。

ドカ弁のこの成長が、さらなる成長に繋がるよう、そっと見守っていきたい。

そして自分以外の人たちにも心を配れる大人になってもらいたいと願っている。

そんな願いを親が胸に秘めていても、全てが子に上手く伝わるとは限らない。

いつの日か、親のマイナス面ばかりを子から矢継ぎ早に指摘され、「毒母」などと呼ばれる瞬間がやってくるかもしれない。

互いを写す鏡は、なるべく曇らないよう、はーっと息を吹きかけ、たまには丁寧に磨いておこう。

たまたま鏡が曇っている時に写る姿を子から指摘され、「あんたは親としてなっていない!この毒母!」などと言われたら立つ瀬がない。

親も子も、自分自身に問題は全くないのだと思いたがるところは少なからずあるはずで、自分をかえりみることは忘れがちになりやすい。血の繋がりがあるからこその油断や甘えのようなものがどこかにきっとある。

相手が自分をことさらぞんざいに扱い、心ない言葉で傷つけてきたと感じた時は、それは相手の心も疲れて曇っているのだと思うようにしたい。

縁あって巡り合った親子なのだ。

子から毒母などと呼ばれたくはないし、そんな言葉を親に言い放つ子の姿を出来れば私は見たくはない。



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