Memory
さようなら。
立ち去る君の背中を、僕は黙って見送った。
君との出会いは2年前だった。
街角を歩いていた君に、まず声をかけたのは僕の知人だった。お節介な知人は、とにかく君と僕をくっつけようと頑張ってくれた。
初めは不信がっていた君も、氷が溶けるように次第に打ち解け、やがて笑顔を見せ始めた。
ふと君の手と触れた瞬間感じたあの電気が流れるような感覚は、運命と呼べるものだったと思う。
程なく僕は君の家に転がり込み、君と輝く時間を共にすることになる。
一緒に写真を撮る時の、ちょっと眩しそうな顔
僕に頬を寄せて囁く、ちょっぴりハスキーな声
寝ている僕を起こす時の、僕の顔をそっと撫でる、細く柔らかい指
何気無いありふれた日常の一コマでさえ、幸せに満ちていた。
だが、ある事故が幸せな日々に終止符を打つ。
駅の階段で転落した僕は、打ち所が悪かったのか、上手く身体を動かすことができなくなってしまった。
君が撫でてくれた顔には酷い傷跡が残り、君が声を聞かせてくれた耳には何も聞こえてこない。
僕はもう君に何もしてあげることはできない。何より一緒に写真に納めた、君の笑顔が消えてしまったのが辛い。
でも、大丈夫。
君がたった今、機種変更で手にした「そいつ」は、きっと僕くらい、いやもしかすると僕よりずっと色んなことを君にしてくれる筈だ。
僕の記憶はこれから消去されてしまうけれど、君との「メモリー」は、僕の最期の力を振り絞って、そいつの「メモリー」にコピーしておいた。
時々でいいから、僕のことも思い出してくれると嬉しい。
さようなら。
立ち去る君の背中を、僕は黙って見送った。
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