失聴経験 1診断結果

後編: 失聴経験 2私は母親と同じじゃない

※ これは両親から虐待を受けた記憶をはっきりと取り戻す(PTSDになる)以前に書いた文章です。



「えっ?今、何て言ったの?」

私の思考回路はショートした。


「劣性遺伝による中度の感音性難聴です。」

約1か月かかった検査の結果が、私の内側でリフレインした。


「ちょっと、こっちにおいで。」

医者はそう言って椅子から立ち上がり、私の頭部の断面図を貼った壁のスイッチをONにする。

立ち上がり見た画像は、私の頭部を様々な角度から写していた。


「レントゲンもMRIもどこも異常がないんだよね。

例えば聴覚神経に異常がある場合、こことかこことかにそれが映るはずなんだけどキレイでしょ、ほら。」

それから医者は私に座るように促し、自分も椅子に腰かけた。




私の約1カ月間の不安は見事に悪い結果を導いた。

この間に数回繰り返した聴力検査の結果によって既に※「中度の感音性難聴」と知識として知っていた。

図書館や本屋で立ち読みしたどの本にもそう書いてあったし、検査期間中、私を担当していた医者もそう言っていた。

けれども私はどこかで、それを否定したがっていた。



※「中度の感音性難聴」とは?

健聴(正常に聞こえる人)より遥かに障害に近い聴力で、鼓膜から内側の内耳・聴神経のいずれかに異常があり現代の医学では治らないとされる難聴のこと。





「遺伝なんですか?」

私は力なく身を乗り出して、そう聞き返した。

(普通の人の会話レベルの声の大きさでは聞こえない為)


「他に考えられる原因がないんだよ。鼓膜から外側には全く異常がないし。」

と言いながら医者は業務用のメモ帳に「劣性遺伝」と書いて私に手渡した。


「どの位の確率で遺伝したのですか?私が将来結婚して子供を産むとしたら、

その子にも影響があるのですか?私には妹がいますが、妹の場合は?」


「あなたの子供に?大丈夫、遺伝しないと思うよ。そんなに深刻に考える必要はないよ。

あなたに対する遺伝の確率だって…本来は遺伝しないはずだよ。簡単に言うと子供を3人産んで一人に遺伝するかしないかの確率だから。あなたは二人姉妹だしね。それより…。」

医者は顔を上げてこう言った。


「こんなに聞こえが悪いんじゃ、補聴器をつけないと。まだ若いんだから、早く慣れなさい。

別に気にすることはないんだよ。メガネと同じようにかければいいだけなんだから。」

私は泣きたい気持ちを堪えるのに必死だった。半分以上、理性的に物事を考えられない。


「補聴器は保険がきかないからね。少し高いけど自分で買ってもらわないと。どうする予約は?」

「早い方がいいです。」

「じゃあ、明日予約入れとくから。ちょうど明日、補聴器屋さんが来る日だから。」

そう言うと医者はパソコンに向かった。


「時間はどうする?一番早い空きで午後1時だよ。」

「じゃあ、それでお願いします。」

「明日診察はしないから。そのまま耳鼻科の受付で補聴器相談に来たって言えばいいから。」

私は言われるままに返事をし、診察室を後にした。

ドアを開けた外も、エレベーターの中も、会計をするロビーに溢れかえる人々もいつもと変わらないはずなのに…私には何もかもが違って見えた。






晴れていれば自転車で通院しているけれど、その日は雨なのでバスに乗った。

比較的人は少なく、私は運転手側の列の真ん中辺りに座ると、もう何も考えられなかった。

涙がポロポロとこぼれてきた。人目が気になってハンカチを出したのにも関わらず、涙の流れる速度は速くなり、押し殺そうとすればする程声が自分の中から漏れてきた。

2つか3つしか停留所を過ぎていない。それなのに私はブザーを押し、次の停留所でバスを降りていた。

雨が勢いよくアスファルトを叩きつける。カサを目深に被れば多分、泣いているとは気づかれないだろう。

そう思った瞬間、我慢していた感情が声になって押し寄せてきた。


「何で?何で?」

「どうして私が今頃遺伝なの?」

「私はメンデルの法則のマメじゃない!」

悔しくて仕方がなかった。もう24年も生きてきたのに。今頃、遺伝なんて信じられなかった。

私は小さい子供みたいに大声を上げて泣き出した。泣いて、泣いて、泣き疲れてはまた泣いて…。

普段、自転車で30分以上かかる道を、私は泣きながら帰宅した。




朝から何も食べていないのに、途中で寄ったスーパーのサラダ巻き弁当を食べる気も起こらなかった。

お腹は確かに空いているのに。

私は窓を開けてから、椅子に座るとまた泣いていた。


冷蔵庫の中に常にお酒がストックしてある酒好きな私は、その日はあまりにもショックが大き過ぎて、お酒を飲みたいとは思えなかった。

(これは自分でも意外だった。大抵の嫌なことはお酒を飲めばどうにかなるのに。

本当にどん底に落とされると、お酒なんかでごまかしが効かないんだと、そう思った。)

















続きのストーリーはこちら!

失聴経験 2私は母親と同じじゃない

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。