失聴経験 3初めての補聴器

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前日「劣性遺伝」と言われたばかりで、頭が混乱したまま私は病院を訪れた。

扉を開けた内側の机の上には、何やら訳の分からない機械と一緒に補聴器がいくつか置かれていた。

私の聴力は左耳55dB ・右耳60dB (聞こえの単位は「デシベル」と言います。)

大体同じくらい悪いのだけれど、右の方が左よりも悪い。


「補聴器はどちらの耳に付けますか?」

と言う質問に対し、その時は正直言ってよく分からなかった。前日その質問を医者にすると

「補聴器相談員に聞いて。」と言われていた。


私のように両方同じ位悪い人は、どちらにつけても構わないらいし。※解説あり

(両方つけるのが望ましいと言われたけど、私はまだそこまでする必要はないと思ったし、

「本人がそれでいいなら良い。」と補聴器相談員も言っていた。

とりあえず私は右耳につけてみることにした。

「母親と同じものをつけようとしているんだ。」と思った瞬間、私はとてもやるせなかった。


補聴器相談員が丁寧に私の耳につける。途端に今まで失われていた音が、私の中に飛び込んできた。

「どうですか?」

補聴器相談員の声がとても大きく響く。何気なく引いた椅子の音が、今までよりも何倍も大きかった。

補聴器相談員が窓の方へ行き、私と距離を置いて話しかけた。

「聞こえるかな?言ってること、分かりますか?」

いつもなら絶対に聞こえない距離から話しかけられても、私にはその言葉がクリアに聞き取れた。

私は返事をしながら、

「やっぱり自分は本当に聞こえないんだ。」と、その時身を持って実感させられた。


それから補聴器の形について聞かれた。

現在使われている補聴器の形は主に「耳穴型」(耳介にピッタリ収まる目立たないタイプ)

「耳かけ型」(耳穴の入り口から管を通し、補聴器本体は耳の後ろにかけるタイプ)

「ポケット型または箱型」(大きくて操作しやすいタイプ。ラジオのようにコードを通して装用する)

「メガネ型」(メガネのつるの所に補聴器がついているタイプ。視力も悪い方には一石二鳥)等がある。

その日、机の上に用意されていたのは「耳穴型」と「耳かけ型」だった。


「私はこれから聞こえないことを否定しない生き方をしたいので、耳かけ型にします。」

と言いながら泣いていた。

「そんな風に言われると、こちらも辛いですよ。あなたみたいな考えの人は本当に少ないです。

大抵の皆さんは隠したがりますから。大丈夫です、頑張って下さい。」

優しい言葉をかけられて涙が止まらなくなってしまった。

あまりにも私が泣き過ぎるので、本来はサンプルとして使用するはずの新しい補聴器を一週間貸してもらうことになった。


部屋を出てエレベーターでは辛うじて涙を堪えたけれど、会計のロビーに着くと私は泣き出していた。

「やっぱり私は、耳が悪いんだ。」

「補聴器をつけないと聞き取れないんだ。」

頭の中では分かっていたのに、背いてばかりいた現実が私の前に立ちはだかる。

そして現実を受け入れられないで泣いてばかりいた母親の姿が、どうしても自分と重なって仕方がなかった。

私は母じゃない。母親みたいに弱い人間じゃない。




車椅子に乗っている人よりも、

一人では歩けない老人よりも、

頭に包帯を巻いている人よりも、

一見どこも悪そうに見えない小さな赤ちゃんよりも私は…自分が一番不幸に思えた。


誰もがそれぞれ色々な想いを日々抱えながら生きていると言うのに、

私は自分だけが不幸のどん底にいるような気がしてならなかった。


母を恨むのは昨日で止めたはずだった。それなのに私は母の過去の姿に捕らわれている。

母を恨んでも私の聴力は戻らない。聴力が戻るのであればいくらでも母を恨んだだろう。

藁人形を作れば聞こえるようになるのなら、そうしたかも知れない。

実家に乗り込んで文句を捲し立てたかも知れない。

でも現実は聴力は戻らない訳だし、もう生まれて24年も生きてしまっている。


今更、過去を振り向く必要なんかない。

聞こえないなら聞こえないなりに前向きに生きて行けばいいだけじゃないか。

それなのに泣いている弱い自分が存在していた。


「何でこんなことで泣いているんだろう。」

そう思えば思うほど涙が溢れて止まらなかった。








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※解説

両耳の聴力が同じくらい悪い場合、片耳だけではなく両耳に補聴器をつけた方が音が立体的になり、

耳にかかる負担も軽減します。ちゃんとした知識と技術のある補聴器専門店では「両耳装用」を勧めます。

例えば同じ予算内で片耳だけの補聴器を買うよりも、安くても両耳に補聴器をつけた方が遥かに装用効果を得られます。

補聴器を購入される場合は「認定補聴器専門店」で購入しましょう。

(片耳だけの場合、聴力の良い方に補聴器をつけて残存聴力を生かす考え方もありますので、お店の方に相談してみましょう。)

補聴器は精密機械です。細かな調整や日常的な調整・クリーニングなどのアフターケアが必要となります。






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失聴経験 4耳の状態 ①「聞こえない」って何?

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