インドの洗礼 その2 −鉄塊−
空港の出口へ向かう。
すれ違った警備員が肩に下げたごっつい銃を見て、
ああ、ここはやっぱり日本じゃないんだなと実感する。
薄暗い空港から、容赦のない太陽が紫外線を投げつける外へ。
トンネルを抜けると、そこは混沌だった。
恐らく両替所近くの小窓からこちらをうかがっていたであろう「ヒナ」の集団が、大挙してこちらに突撃してくる。
「あ、これヤバイ」
と思う間もなく、芸能レポーターに突撃取材される芸能人の如く、取り囲まれる俺達。
「どっからきたんですか!?」
「これからどちらへ!?」
「今のお気持ちは!?」
「何か一言!」
早口かつ、強烈な巻き舌のアナウンサーばかりなのでよく聞き取れなかったが、こんな内容に近いことを叫んでいたのではないか。
ドサクサに紛れて、何人かの子供達にも洋服を引っ張られていた気もする。
取り巻かれてみて分かったのだが、みなタクシーの運転手らしい。
必死で「タクスィタクスィ」と自分の車の方に誘導してこようとする。
「ノー!ノー!」
「もうタクシー予約してるから!」
ゴルフの練習場で、理想的な環境で落ち着いて打つのと、
実際のコースに出て、坂だらけ風だらけの環境で打つのが全く違うように、
駅前留学であれほど口をついて出てきた英語が、
実際の現場では息を潜めたかのように、全く出てきやしない。
爛々と目を光らせたヒナ達のボルテージが、段々上がっていく。
怒鳴り声にがなり声が重なり、もはやそれはただの喧騒と化していた。
ドン引きしている友人達と群衆に揉みくちゃにされ、本能的に身の危険を感じる。
早いところ、プリペイドタクシーにたどり着かなければ。
執拗な追跡を振り切り、マンション経営ばりの勧誘の魔の手をかいくぐり、モーゼの如く人波を断ち割って、なんとか目指す車両のナンバーを発見。
それは、タクシーと呼ぶにはあまりにも凸凹すぎた。
黄色く
いびつで
薄汚れ
そして大雑把すぎた。
それは正に鉄塊だった。
なーんて「ベルセルク」のオープニングを思い出すほどの年季の入りよう。
ガチョッ
バチャン
およそクルマに乗る時に聞いたことのない音を立てて、その黄色い鉄塊に乗り込む俺たち。
と、ムッとした熱気に包まれた。
たっぷり太陽の熱を蓄積した車内は、さながら予熱が完了オーブン。
そう。我ら「カモネギ」のたどり着く先は、オーブンだったのである。
「コニチワ。トモダーチ」
バックミラー越しに、白い目と白い歯をひん剥いてニカッと笑う運転手と目が合った。
それは、視線のレーザービームだった。
続く
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