乳腺エコーに映し出された「腫瘍らしい何か」に語りかけながら、楽しく過ごした日々のこと


私は23歳のときから子宮内膜症や卵巣機能不全など様々な理由で、産婦人科外来に通い続けている。

だからこそ、お子さんを授かった妊婦さんが、幸せそうな顔でエコー画像を見つめている場面を、何度も目にして来た。

「今はエコーでしかあなたの姿を確認できないけれど、早くこの世に生まれてきて、その姿を見せてね」

と言っているんだろうなと想像していた。

見ず知らずの方のお腹にいる胎児たちのために「これから、幸せに生きて欲しい」と、祈る気持ちになったことが、私にもたびたびあった。


私が36歳のとき、外科で受けた乳腺エコー検査で「腫瘍らしい何か」が見つかった。先生方は、大急ぎで「どうやって切除するのか」を話し始めた。

それは私の生命を守るために、当然の行為ではある。


でも私には、唐突に浮かんだ考えがあった。

「おなかの赤ちゃんは、エコーにしか映らない時から、元気で育つことを祈られ、愛情を注がれるのに、同じエコーでしか確認できないこの腫瘍は、見つかった瞬間から取り除くことばかり言われているのだ」


「もとは、私の身体の一部だった何か」は、「私の身体から切り離す」という言葉を、どんな思いで聞いているのだろう?


手術室の空きがなかなか見つからず、私の手術は少し先の日付に決まった。私は手術の日まで、左の胸の腫瘍らしい何かに

「一緒に、いっぱい楽しい思いをしよう!」

と話しかけた。毎日、毎日。


それは、事情を知らない人が見れば、異様な光景と感じたかもしれない。

美味しいもの(主にケーキやタルト)を食べながら「これがチーズケーキって言うんだよ」「美味しいなぁ、ぜいたくだなぁ」と話しかけ、笑えるテレビ番組を見ながら「オモロイなぁ(笑)」と話しかけるのだ。

ちなみに「私のホストちゃん」「ガールズトーク」「甘王の共感スクール」などの一連の作品には、特に笑わせていただいた。入院まであと3日というときに、このシリーズの動画をYoutubeで発見してしまい、寝る間も惜しんで見入ってしまったものだった。甘王、最高!


「引き寄せの法則」という言葉があるけれど、「美味しいもの」に意識が集中しているときは、美味しいものが集まってくるし、笑える話を楽しんでいるときは、不思議と笑える話が集まってくるものだ。

おかげで、入院・手術までの長い日々を、とても楽しく過ごすことができた。


私の乳房は、手術のずっと前から、そして手術がすんだ今でも、常に血の混じった乳汁を分泌し続けている。授乳パッドはたちまち汚れてしまうし、一晩着たパジャマやTシャツを、洗濯機に直行させなければならない日もある。海やプールから上がってシャワーを浴びようとすると、水着が真っ赤に汚れていることもある。

でも、血液も乳汁も、ホンの数時間前までは私の身体の一部だったのだ。体外に出た途端「汚い、めんどくさい」とののしられるのは、彼等にとって理不尽ではないだろうか?

そう気づいたら、「今まで、冷たくしてごめんね」と素直に謝ることができた。


私の左胸の腫瘍は手術で取り除かれてしまったけれど、私の考えを優しいものに変え、楽しい日々をもたらしてくれた事実そのものは、私の心の中から消えることはないだろう。


(この話は 乳腺外科で手術を受けた2年後に、ヨット乗りになり、ボートの免許とチェーンソーの資格を取った話 のサイドストーリー的位置づけとなります)






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