失聴経験 9分からない真実 ②相談室

前編: 失聴経験 9分からない真実 ①再検査と医者の見解
後編: 失聴経験 10東京都立大塚ろう学校

聞こえなくなってから検査期間中に色々な物を読み漁った。その中で見つけた1998年の「NHKみんなの手話 上」に「日本の聴覚障害者は35.8万人であるが、アメリカなど福祉先進国の基準25dBを適用すると600万人になる。」と書かれていた。

この数値の違いに愕然とした。どうにかして聴覚障害者基準を見直したいと思った。何の社会保障もされず聞こえない苦しみを自分で抱えている人が600万人もいる社会は変える必要があると切実に思った。その基準を見直そうとしている人がいるらしいが、どこで誰がそれに取り組んでいるのか分からなかった。



最後に通されたのは相談員の方の所だった。

「今の日本の障害基準では、私は聴覚障害者ではないんですよね。」

「残念ながら、そうですね。あなたのように大変な思いをされている方々は実に沢山いらっしゃいます。」

それから私は自分が得たばかりの知識について聞いてみた。もし聴覚障害者基準を変えようとしている人がいるのなら「自分もそれに参加したい。」と話し、某団体で手話を学ぶことを断られた件も話した。相談員の方は丁寧に応じてくれて「聴覚障害者基準を変えようとしている人の存在は本当にあること」と某団体についても色々と教えてくれた。

相談員の方に聴力検査の結果をコピーしてもらい、私はその場を後にした。


普通の人と同様に聞こえないのに障害に属さないこと対し、複雑な心境だった。

別に「障害者」と言われたいのではなく「難聴」と言う立場の人権も尊重して欲しい。もちろん福祉先進国並みになって「障害者」と呼ばれることに関しては全く抵抗はない。


「聞こえない障害」は目に見えて分かり難い為、実態を掴みにくい障害である。

例えば車椅子に乗っている人を見れば「あの人は歩けないんだ。」とか、白杖をついている人がいれば「あの人は見えないんだ。」と、遠くからでも分かりやすい。

しかし聞こえない人に関しては、そうはいかない。それでも他の障害と同様に我々にも様々な不便さや苦しみがある。


福祉先進国であれば自分は明らかに「障害者」であり日本人だから「難聴」となる。自分の立場は一体何なのか訳が分からなかった。障害者と判定されなかったことが良かったのか?悪かったのか?全く分からなかった。


ただただ大きな不安感だけが私を襲った。


そしてそれに耐えられずトイレの個室にしゃがみ込み「ザアーザアー」と水を流しながら大声を上げて泣いていた。








「人生の途中で障害を持つこと」と「障害者としてのアイデンティティ」

私にとってある意味、自分の失聴は2回目のようだった。母親が聞こえなくなったのを目の当たりにしているので、本人が聞こえなくなった時に「私は障害者じゃない!障害者じゃない!」泣きわめいていたのを見ている。(高1の3者面談に行きたくないと泣かれたことから推測すると私が中3か高1の時に母親が聞こえなくなったことになる。)

いつも外面ばかり愛想が良く家では虐待を繰り返し自分の理想論を押し付け見るテレビも読む本も制限しておきながら、自分がいざ障害者となった時に「障害者になりたくない!」と泣き叫ぶような差別主義の内面の汚い人間にはなるまい!と決めいていた。


「人生の途中で障害を持つこと」それはその時の障害の程度に左右されるのかも知れない。


私は中度でありながら障害者基準に限りなく近かったので、誤魔化そうとしてもできない程度だった。

後の文章でも書いているのだが…それがもし健常者に限りなく近い程度だった場合、やはり隠したいと思っていたかも知れないし、始めから重度の場合の苦しみのまた違ったものなのだろう。


実質的には障害を持っているのに、法的つまり公的にはそれを認められず主張できない。

そんな状況で「聞こえない」「聞き取れない」と言っても

「でも障害者じゃないんでしょ。」「努力して電話を聞き取れ」「仕事を覚えたくないから聞こえないふりをしている。」「本当は耳ではなく頭が悪いんでしょ。」など心無い言葉を沢山向けられた経験がある。

障害者と法的に認められない実質的障害者は何か言おうとしても「障害者じゃないくせに!」と言い伏せられてしまうこともある。

身体障害者と認められない人は、泣き寝入りするしかないのだろうか?

決してそんなことはない! 

今あなたが身体障害者と認められない実質的な障害者だとしたら是非この言葉を覚えていて欲しい!


「確かに私は障害者じゃありません。ですからこれは差別ではなく人権侵害です!!」


こう堂々と言って良いのだ。

この言葉は私が職場でされた差別について書いた文章を読んだ弁護士さんが教えてくれた言葉なので、どうぞ何かがあった時の為に是非覚えておいて下さい。

そして辛いことに遭うのはあなただけではありませんし、それはあなた自身が悪い訳でもありません。理不尽なことに無駄に耐える必要もありません。

どうか「ご自分の存在価値を否定しないで生きて欲しい」と思っております。


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失聴経験 10東京都立大塚ろう学校

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