失聴経験 11悲劇 1か月退社と振り出し

前編: 失聴経験 10東京都立大塚ろう学校
後編: 失聴経験 12デシベルダウン

接客業を辞めてから約2か月後に私は介護の仕事を見つけた。今までずっと接客業をしてきてが、聞こえなくなったので接客は無理だと思っていた。私は日商簿記2級等の資格を持っていたが何しろ電話対応ができないので事務の仕事は断られてばかりだった。


求人広告を見て面接や履歴書送付のアポイントまで漕ぎ着ける会社は稀で、大抵電話の段階で断られる。働きたい会社に電話をするだけでも緊張するのに出始めから「私は難聴です。」と言う気苦労は本当に大きかった。けれども私にとって聞こえないことは避けて通れない事実である。


私は障害者手帳をもっていないので自分が難聴であることを証明するには聴力検査表しかない。職安に検査表のコピーを持参したが

「そんなのあっても意味ない。一般人扱いだよ、一般人!」

と軽くあしらわれた。例えば障害者手帳を取得していれば、障害者採用枠で仕事を探すことができる。しかし健常者と同等に扱われないのにも関わらず、立場的には健常者である。こう言う対応の仕方に矛盾を感じるし、凄く厳しい立場だと思う。


新聞の折り込み広告を見て福祉施設で老人介護の仕事をすることになった。面接時に聴力検査表を持参して耳のことについてきちんと話し合い、採用の是非を決めるようにお願いした。その上で採用されたのだが働いてちょうど1か月になる頃のある日、突然休憩中に支配人にロッカーに呼び出された。まだ出来たばかりの新しい施設なので従業員のロッカーは空きが沢山ある。それなのに


「あなたの所に別な人が入るからロッカー移動して。」

と強制的に意味のない移動を強いられた。別な所に荷物を移し終えると色々と質問を受けた。聞こえないことは補聴器をつけて補っても補い切れない部分がある。どんな仕事でも同じだと思うが、周りのサポートがないと出来ない場面がいくつかある。それに対して私は正直に答えた。一緒に働く周りの人の理解・協力が必ず必要になる。私が話し終えると

「じゃあ31日付で辞めて。そうしましょう。」

と言われた。一瞬、意味が理解できなかった。

「えっ?こんなにあっけなく解雇?」

と思った。後は悔しさを堪えるのに必死だった。支配人は

「本当は施設では採用するつもりはなかったが、本社の方が採用すると言ったから仕方なくした。」

と言った。

その翌日は事務所の人間に1日中無視をされ夕方のミーティングでは私だけ発表を飛ばされた。辞めろと言われたのは3月3日で31までそこにいるのは耐えられないし、4月1日から新しい仕事を探すのは不利なのでもっと早く辞めようと決心した。


辞める当日、支配人は欠勤し朝のミーティングでは別の者が私は耳の調子が悪いから本日で辞めると虚構の理由を全体に述べた。一言挨拶までさせられて本当にバカバカしくて悔しかった。親会社に良い顔をする為に採用されて、テレビで見かけるような捨てられ方をした自分が情けなくて仕方なかった。


上の人間からは理不尽な扱いを受けたが一緒に働いている方には色々協力してもらった。急に辞めろと言われてどうしたら良いか分からない時に、一緒に泣いてくれた人がいた。私が聞き取れない時は、周りは繰り返して言ってくれたり身振りで伝えたりしてくれた。手話に興味がある人がいて簡単な手話を教えると喜んでくれて、私も嬉しかった。私が何回も同じ言葉を聞き間違った時に、掌に文字を書いてくれたおばあちゃんの姿が忘れられない。


聞こえないのになぜ対人の仕事をしたかと言えば、自分が聞こえなくなったことで将来は聞こえない人の為に役立つ仕事をしたいと思っている。(もちろん書くことも一生諦めない!)

介護の仕事をしようと思ったのは、もし聞こえない方が入所されたと時、手話でコミュニケーションを図れたら良いと思った。それと気持ちのどこかに福祉施設なら障害に対して理解してもらえるかも知れないと甘えがあった。福祉施設もサービス業である。

しかし障害者にも一般人にも属せない私にも働く権利・生きる権利はある。私のような人間の存在をもっと世の中に分かって欲しい。





今まで通院していた耳鼻咽喉科は、実は耳に詳しくないと知った。私が耳が悪いと分かっているのにマスクをしたまま話したり、耳の診察が終わってまだ補聴器をつけていないのに話しかけたりと対応が悪いと思っていたが、それなりの大きい病院だったので仕方なく通っていた。

けれども色々我慢できないことがあり難聴の知り合いに教えてもらった個人病院に行った。先生が明け透けに教えてくれて「別の病院に変わった方が良い。」と遺伝難聴に詳しい病院を紹介してくれた。

耳鼻咽喉科とは「耳」「鼻」「喉」と3つもあるので、実はその病院や医者によって得意分野があるらしい。それならば「耳科」「鼻科」「喉科」と分ければ良いのにと思う。

患者は必ずしも病院や医者の専門分野が分かって行くわけではない。約1年通っていた医者が耳に詳しくないと分かっただけでも良かったのかも知れない。

これは悲劇じゃなく喜劇かも知れない。

1から通い直しだけど幸い医療ミスにも遭わなかったし、まぁ良しとしよう。





≪解説≫「ここに書いた内容などが寄稿の依頼に繋がりました」

 当時寄稿のお話を頂いた際に「批判を受けない為に実名を伏せて下さい。」と心配されました。しかし私は自分の書いた文章と真実に責任を負いたいので実名掲載をお願いしました。本の製作担当の方々が会議をされて再度心配して「ペンネームでの掲載を」と言われましたが、それも断りました。

今、その本のページを読み返しても実名で掲載して良かったと思っております。


寄稿した内容の一部を抜粋して記述しておきます。


現在は某所で会計をしている。面接時に「やらなくて良い。」と言われた電話対応・窓口対応もさせられる。理解のない上司に呼ばれても気づかない時に札束でたたかれたり、プリンターの用紙切れに気づかず突き飛ばされたりする。いつも不安と隣り合わせで、毎日がとても辛い。

私のような障害者手帳のない人間の働く権利を、多くの人に考えてもらいたいと思う。


※この内容を当時働いていた会社の管理職(上司の上司)に見せました。

「会社を批判する気はないこと。」「本人に対応を変えて下さいと何度言っても理解がないこと。」「本人への非難とも取れるかも知れないが、あくまでも1人の障害者としての主張を社会に問題提起したいこと。」を伝えました。

事務所の中で話していたら別の管理職の方が近くで聞いていて拍手をして「偉い!」と言ってくれたのを覚えています。

(これを堂々と言えたらカッコ良いのですが、当時の私はビビりながら半泣き状態でした。)




「現在は虐待の後遺症として聴覚障害になったとプロフィールに書いている件について」

難聴の知り合いに教えて頂いた個人病院の紹介で遺伝難聴に詳しい大学病院に転院しました。自分(本人)の血液採取で主要な難聴遺伝子(当時の技術で2種類)が見つかることもあるそうで血液検査をしました。その結果、主要の難聴遺伝子は検出されませんでした。担当医に

「親戚は難しいにしても家族の遺伝子検査をすればもっと詳しく分かるので両親と妹の血液検査をした方が良いです。」とアドバイスされました。

検査費用が心配でしたが、研究として扱うことで無料で検査をしてくれると言ってくれました。

それを電話で父親に伝えましたが「そんな検査をする必要はない。」と言い、お金がかからないことも言いましたがそれでも「遺伝じゃないし検査はしない。」と言われ母親も妹も協力してくれませんでした。担当医にそのことを話すと

「なぜ無料でできる検査なのに、ご家族は誰も協力してくれないのですか?」と、とても驚かれました。1度ではなく何度か両親と妹に検査の協力をお願いしましたが、誰も協力してくれないままでした。



虐待のPTSDになりはっきりと記憶を取り戻した後で、担当医に

「子供の時から18歳で家を出るまでずっと両親に虐待を受けていました。」と話した所

「虐待の後遺症と言える可能性がありますね。」と言われました。

1つの理由としては、幼少期の怪我の後遺症が大人になって現れて難聴になる方もいるそうです。

それを考えると幼児期から18歳まで長い期間に受けた暴力の影響があっても全然不思議ではないと言われました。

2つ目の理由は「それだけ長期的にストレスを強く感じる環境に居続けたことで、ストレスから難聴になったとも十分に考えられる。」と言われました。

更に「どちらか1つの理由と言うよりは両方の理由が当てはまって難聴になったとも言える。」と言われました。


「幼児期」と書いているのは私自身が何歳から虐待を受けたのか未だにはっきりと思い出せないからです。妹とは6歳違いなのですが、妹が生まれる前から母親に虐待されいてた記憶があります。それが5歳なのか?4歳なのか?もっと幼いのか?…何度考えても分かりません。

色々と本を読んだ時に4歳の記憶をはっきりと思い出したり、中には「2歳の時に」とはっきりと言える方もいるそうです。しかし私は「妹が生まれる前から」つまり6歳以下からとしか認識できていません。

年齢が思い出せないことに対しては、普段はもうこだわっておりません。今回もう一度考えてみましたが、やはり分かりませんでしたし、年齢が分かっても分からなくても事実は変わらないと思うので「もう、いいかなぁ。」と思います。


虐待を受けた方で当時の年齢をはっきりと思い出せる方もいますし、私のように未だに分からないまま日々生きている人もいると言うことにしておきます。


「前向きに諦めることも、時に大切ですね。」
























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失聴経験 12デシベルダウン

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