1日15時間・30連勤のブラック企業に3年半勤めた社畜が独立して感じたこと。

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『一歩先は足場もない崖だと思っていたら実は楽園だった』


僕はこれまでの人生で一度も『人生の第一志望』というものに合格したことはなかった。

学校の成績もとりわけいいわけではなく、せいぜい中の上

スポーツはといえば、足が速いわけでもなく、男子中高生の平均値くらいだ。


クラスで最高でも最悪でもないどこにでもいそうな冴えない僕は世間で言う『一般ピーポー』というやつだったのだろう。


当時は特に劣等感というものもなかったので『どうせ自分は...』と無意識に諦めていたのかもしれない。

そんなごく平凡な人生を送ってきた僕だったがついに転機と呼べる時がきた。


『大学受験』だ。


僕は中学は地域の公立校で、高校も隣の市にある偏差値50くらいのところだった。

そんな『THE・平均人生』を歩んできた僕は大学くらい頑張っていいとこを狙ってやろうと決意したのだ。

なぜここにきて頑張って平均値以上の人生を狙おうと思ったのかははっきり覚えていないが、おそらく『いい大学=人生のステータス』というまぁ日本の学歴社会の風潮に洗脳されていたのだろう。


高校2年の春から進学塾に通い、3年になってからはほぼ毎日勉強していた。

多分、夕方5時に塾の講義を受け、深夜0時くらいまで自習室でこもって一人勉強していた。

学校が休みの日は16時間はやっていたと思う。


完全に自分はスーパー受験生になった気分でいた。

成績もどんどん上がっていき、第一志望は余裕のはず


....だった。


しかしあれだけ頑張った結果、第一志望の大学の全学部に落ちてしまった。

わけがわからなかった。

『あれだけやったのに...なぜ』


その悔しさと同時に

『どうせ自分は結局こんな人生なんだ』とふとあの言葉が蘇った。


結果、滑り止めで受けた三流大学に入学し、留年することもなく無事に4年で卒業できた。

親しい友達は多くでき、プライベートは充実していた。

しかし、遊びに夢中になりすぎていたのか勉強は全然してなかった。義務教育という檻から完全に自由になった僕は、授業はよくサボるし、そもそも大学に行かないことも少なくなかった。


テストはレポートを出せば平均点は取れるような授業ばかり受講したおかげで単位は取る事ができた。

昔からこういう無駄に効率がいいところだけは才能だったかもしれない。


大学3年の秋、ある一大イベントが始まる。


そう『就職活動』だ。

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