【おっぱいセクハラ記】欲情の視線に耐える女の日々は、胸が膨らむ時期から始まる⑵
胸が膨らみ始めてからは、「お願いだからやめて。胸を見ないで」と毎日、そう思っていた。
人生で初めてのセクハラを受けたのも同じ時期。
家の二階を増改築していた時だった。
私は暗記物は苦手なくせに、衝撃的だった想い出は、鮮明に詳細に覚えている。
増改築のために、大工さんが毎日家に来ていた。大工さんはおじいちゃんからお兄ちゃんまで数人いて、休憩時間になると遊んでくれたり、持っていったお茶菓子を食べなよとくれたりして、可愛がってくれてみんな好きだった。
休憩時間にお茶を飲み終えると、いつも皆でバルコニーにタバコを吸いに行くのに、その日は一人だけタバコを吸いにいかないおじさんがいた。
「タバコ吸いに行かないの?」
「行かないよ。二人で話そうか」
私は嬉しくて手招きされるままに駆け寄って、ソファーに座っていたおじさんの隣に座った。
「おじちゃん怖い?」
「ううん。怖くない」
「おじちゃん好き?」
「うん。好き」
「おじちゃん、優しいやろ?」
「うん。優しい。優しいから好き」
笑いかけながら、手を握られた。
子供だから、手を引かれることに慣れていて、手を握られることには違和感を感じなかった。
だけどそのまま、握られた手を股間に持って行かれて、触らされた。
「何?」
「おじちゃんのここも怖くないよ」
何を言われているのか理解できなかったけど、へー、そうなんだ、と思った。
「おじちゃんのここ、怖い?」
「怖くないよ」
「おじちゃんのここも優しいよ」
そう言って、固い何かに強く押し付けられて、ここでおかしいと思った。
どうしよう、どうしようと思っていたら、皆がタバコを吸い終わって戻ってくる気配がした。それで、おじさんの行為はそこまでで終わった。
私は嫌な気分になって、急いで階段を駆け下りて、部屋に戻った。
今起きたことを頭の中で、何度も何度も繰り返し思い出して、幼いながらも一生懸命に考えた。
考えて、考えて、あれはエッチなことをされたんだと気がついた。
それまで、子供としてしか扱われたことはなく、性の対象として扱われたことは初めてだった。
目立たないとは言え、胸が膨らみ始めたのと同じ時期に起きたこの出来事は、大人になることへの不安と恐怖と嫌悪を植え付けるには充分なものだった。
当時私は、もうすでに、母に何一つ期待しない子供になっていた。
明らかに怒られる筋合いのないことで、叩きながら罵倒されることは日常茶飯事で、小学四年生くらいになるともう、完全に母を信頼していなかった。
子供は素直だからこそ、ちゃんと筋を理解している。
大人は都合のいい理由をつけて事実を隠そうとするけれど、子供はシンプルな思考だからこそ、大人の嘘を見破る目を持っている。
何か感動するようなテレビや話を見聞きして、母の中で気分が高まった瞬間だけ、急に親らしく、家族だとか、頼れだとか、大事だとか言われることが年に数回あったけれど、その言葉にはなんの力もなかった。
常日頃の行いが関係を作るのだから、毎日一生懸命家事も炊事もやっているのに、母からバカだのノロマだの、人並み以下だのと怒鳴られて、気分屋の暴力女だと捉えていた。
例えどんなに守ると本心から言った所で、信頼関係がないのに、綺麗事を書かれた本や、テレビで見かける体験談のように、遠いどこかのおとぎ話を聞かされているようだった。
心に響いたりしないし、嘘にしか聞こえない。突然、何のお芝居が始まったのかと白けるばかりで、茶番劇にいつまで付き合えばいいのかとウンザリしていた。
母の実態を理解し始めてからは、数人の大人に不器用なりに少しは相談したこともあったけれど、人の家庭に口を挟むようなことは普通しないから流された。
子供だったから、周りには横暴な母に従う状況を変える力を持っていない大人しかいない、姑の祖母がいくら注意しても何も変わらない、私はこの地獄から抜け出せない、そう事態を理解していた。
だからこそ私は、そんなセクハラをされても、母にも誰にも相談一つしなかった。
それどころか、セクハラをされて二度と近づきたくないおじさんに、また同じことをされるんじゃないかという不安と恐怖を抱えたまま、母に怒られるのが嫌で、言われるがままにお茶を出し続けた。
不安も恐怖も嫌悪感も、心の中で、歯を食いしばって耐えた。
今考えると、もっとエスカレートした酷いことをされる可能性だってあった。
親が子供に信頼されないことが原因で、変化や不安の顔色に気づかないことが原因で、子供が性犯罪に巻き込まれるなんて悲劇でしかない。
今思えば、母がしてきたことは、とても危ない子育てだと思う。
厳しい躾も大事かもしれないけれど、気持ちや状況を上手く言葉に出来ない子供に対して最優先すべきことは、何でも話せる信用と雰囲気を作ること。これは、経験から来る持論。
特別優しくなくてもいい。せめて普通のお母さんだったらよかったのにと、影で何度泣いたか分からない。
本当は相談したかった。
本当は守って欲しかった。
本当は泣きたかった。
本当は慰めて、励まして欲しかった。安心させて欲しかった。
大層なことじゃなく、簡単に手に入りそうな願いは、一度も、一つも手に入らなかった。
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