初対面は、正直、「何しに来たの?」と思った。


 彼女は、金髪を巻いたギャルでした。

 「ギャル」以外の表現は見つかりません。

 「名古屋嬢」という表現がありますけど、まさにそんな感じ。




 (このストーリーは書籍化されました。書籍の公式ページはこちら。2014年年間ベストセラー総合4位(日販調べ)、第49回新風賞受賞。有村架純さん主演の映画「ビリギャル」も大ヒット。映画の公式ページはこちら。)



 某私立女子高に通っている。上の大学にそのままエスカレーターでは行きたくない。

でも外部進学するほどの学力がない。そんな理由で、紹介を受けて塾に来たとかそんな感じでした。高校2年生の夏。

学力が現在どれくらいかを判断する指標としては、学年でビリ。偏差値30以下。

受験の動機として、「同じ学校に行くのは飽きた」的なノリでスタートしてもなかなか伸びるはずもない。

最初、「志望校をどうするか?」という話の中で、「良く分からん」ということだったので、「じゃあ、東大にする?」というと、

「東大は男の子たちが、なんかガリ勉ですんげー厚いメガネしてそうでダサいからいやだ」

という。なるほど(笑)と思い、


じゃあ、慶応にする?「慶応ボーイって聞いたことない?君が慶応とか行くと、超面白いじゃん」ということを言った。

「おお。確かに。超イケメンいそう!しかも、さやかが慶応とか超ウケる!」

そして、偏差値30、学年でビリだった女の子が、日本最難関の私立大学、慶應義塾 大学合格を目指すことになった。



偏差値30以下の子が慶応大学を目指すという意味


 偏差値30というのは、全国で下位2%にいるという状態のことだ。受験生が約70万人いるので、大体68.6万番目より下にいる状態といえる。

なお、慶應義塾大学の合格可能性A判定は偏差値70以上。それは上位2%という意味なので、1.4万番以内にいないといけない。

つまり、彼女はこの1年半で67万人以上をごぼう抜きしないといけないことになる。

当たり前だが、普通に考えると、「不可能」なことへの挑戦以外の何者でもない。市民ランナーがオリンピックで金メダルを取ろうと言っているのに近い。

受験というのは、「マラソン大会」に似ている。小学校から義務教育がはじまり、6年。中学で3年。高校で3年。計12年間毎日のように学校に行き、塾に通い、コツコツと勉強し、知識を増やし学力を高めてきた人間が、いわゆる難関大学を受験する。それでも、合格する可能性は限りなく低い。だって上位2%に入らないといけない訳だから。

逆に言えば98%は無理といえるわけだ。

例えば、赤ん坊が生まれて、「残念ですがあなたのお子さんは98%の確率で近いうちに死にます」と言われたら、絶望するだろう。

そう、上位2%にいないと慶應に受からない訳なので、日本人全員が赤ん坊として生まれた瞬間に「あなたは98%の確率で慶應義塾大学には合格できません」と、言われているのと同じなのだ。

しかも、実際は、大学進学率が50%程度なので、学力的には全日本人の同学年の上位1%と言う方が正確だろう。

しかも、大学受験の場合、どれだけ頑張っても結果が伴うのは限りなく難しい。なぜなら、「みんな必死で頑張る」から。そう。すでに10年以上マラソン大会をやってきているわけで、残りのラストスパートはみんな必死。ということは、そこでどれだけ頑張っても、厳しいものがある。上位層は必死になり、下位層は諦めていけそうなところを探す。これが大学受験の実態なのだ。

例えば、

偏差値70の子たちは、時速30㎞で走っている。

偏差値50の子たちは、時速25㎞で走っている。

偏差値40の子たちは、時速20㎞で走っている。

偏差値30の子たちは、時速15㎞で走っている。


こうして集団ができあげるわけだけど、偏差値30の子が、40を目指すとする。

1年で偏差値を10あげるのですら奇跡と言われる所以がこれだ。

現在時速15㎞で走っている偏差値30の子が、40の子たちに「追いつく」ためには、偏差値40の子たち以上のスピードで走らないといけない。つまり、時速20㎞以上で走って、やっと40の子たちと同じになる。感覚的な話だけれど、偏差値50の子たちと同じだけのスピードで走って、やっと偏差値40になれるわけだ。

じゃあ、それができるかというと、現実的ではない。

なぜなら、時速15㎞で走る能力しかないから、偏差値30なのだ。これまでに培ってきた筋力や持久力、精神力で今走っているわけで、時速20㎞で走りなさい!といったところで、走れるわけがないのである。走れるんだったらとっくにその上位集団の中で走ってる。

では、偏差値30の子たちが偏差値70になるというのはどういう子とかというと、時速30㎞以上で走ることを求められる。時速15㎞でしか走れない子に時速30㎞で走れというのは、50メートル走を10秒で走っている子に、5秒で走れば受かるよ。だから走りなさい。というのと同じだ。

やはり、「不可能」といえる。

    (彼女の実際の中学3年生の時の成績表。本人からの許可を得ています)



彼女は最初バカだったけど、とにかく素直だった。


 彼女は、校長先生から、「お前は人間のクズだ」と言われたことがあるそうです。でも、僕にはキラキラと輝くダイヤモンドの原石にしか見えませんでした。どういう点がそう見えたかというと、「とにかく素直」だったこと。

 普通の人間は、変な先入観というか、中途半端な小賢しさというか、まぁ一言で言えば頭悪いんですけど、「自分の常識でものを考える」わけです。

 偏差値30を70にするなんていうのは、理論理屈から言えば、ほぼ不可能。だから、ここで打算的になれば、まあやってもあまりメリットなさそうだよね」となる。あるいは、そんなのウソに決まってるとかね。つまり、できそうなことしかやらない。当たり前だけど、そこからの進歩はない。

 でも、彼女は「からっからのスポンジ」だった。「私は慶応を目指す! 私はきっと合格する!だって、先生そう言ってるし。ああちゃん(お母さん)も応援してくれてるし!」みたいなノリだった。

 もちろん、100%の自信があったかといえばそうじゃないと思う。悩んだ時もあったし。でも、そもそものスタートを考えれば、「自信がある方がおかしい状態」なわけだ。

 偉大なことを成し遂げる人は、必ず、「自信なんて後からついてくる」ものなんだ。

 やれそうなことをやる。これって全然大したことじゃない。

 無理そう。みんなやめとけっていう。バカだっていう。でも、やってみないとわかんないじゃん!

 こういうノリと勢いが常に大事なんだ。

 今まで、偏差値が30から70になるような子を何人か見てきた。全員に共通しているのが、この、ある種、決めたことに対する盲目さと、+αの工夫。

 「先生が言ったことは必ずやる。そしてプラスαで自分なりになにかやる」

 これができる人間は成功する。

 あ、そうそう、それと「心から信じてくれる応援者の存在」。これが大事。彼女の場合は、「ああちゃん」と彼女が呼ぶ、お母さんだったのは間違いない。もちろん、僕も信じていた。でも、あのお母さんの愛にはとても及ばない。



とはいえ、聖徳太子が分からない。


 あるとき、彼女は僕に質問をしてきた。

「せんせー、あのさ、この女の子、超かわいそうじゃね?」



彼女の人差し指には、「聖徳太子」の文字がある。

聖徳太子、現在は、「厩戸皇子」と表記されているが、当時はカッコの中に「聖徳太子」と書いてあった。