双極性2型障害者ですが、両親を介護しているうちに気付いたら、30年以上悩んでいたパニック発作を克服してました・3

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「あっ」と思った時がチャンス到来だった


個人的な実感ですが、精神障害というものが改善に向かうきっかけになるために、ある種の「気付き」というのはとても大きくで重要な役割を果たしているような気がします。


「気付き」たとえば、悩み事があって、解決策を求めてずっと考え続けていて、考えあぐねて、一旦休止、風呂にでも入ろう、とした、その瞬間、突然閃くもの。


創作をしている人間はわかりやすいのですが、漫画のストーリーを練っていて、どうしても行き詰まってしまう、ここに必要なセリフ、もしくはシーンはなんだ?キャラクターの行動は?と、これもまた悩みつつ答えが出なくて、仕方がないから寝ようかなあ、と横になった瞬間に閃いたりして、跳ね起きて描き留める、とか。


そういう類の「気付き」が精神疾患にもあるんですよ。




私の場合、家族は全員それぞれの用事で外出していて、1人で留守番をしないといけないことがありました。


家に居ても予期不安が強く、もしもなにかあったらどうしよう?と携帯もない頃でしたから、家の電話の前にじーっと座り込んでいました。その時には発作も始まっていて、真剣に救急車を呼ぶべきか、もしくは家族の誰に連絡するか?と受話器に手をの伸ばそうとしていたんですね。


ちょうどその時、宅配便のお兄さんが「お届けものです」と来られました。


咄嗟のことで、そのお兄さんに助けを求めようかと思っても不思議ではなかったんですが、なぜかきわめて普通の応対をしてしまったんですよね、私。


ハンコを捺して荷物を引き取って、部屋に戻って、ふと気付いたら、あれ?なんだかひどい発作の症状がましになっている。まともな応対をしていたその時って、一時的にしろ身体的な症状から意識がそれて、瞬間的に身体のことを忘れていたんです。


「そうか!これか!」と思いました。「意識を逸らせる」パニックしている身体のことは一旦そこに置いといて、目の前のやるべきことに意識を向けること。その重要性に気付いた瞬間でした。



自分1人で不安だったら一緒にいる人と雑談して、なるべく身体の状態は気にしないこと。やばいな、と感じたらなんでもいいから身体の状態から気を逸らせること。当時はまだ幼児だった姪としゃべっていてもそれが可能でしたから、それの繰り返しで予期不安は徐々に改善されていきました。





旅行もしましたよ。家族と一緒に。

パニック障害の人は飛行機に乗らないでくれ、とか言われてましたが、私は沖縄にも北海道にも行きたいし、せっかくのチャンスだし。飛行機に乗ったら万一それが墜落して死んでも仕方がない、諦めよう。開き直りですね。そうすると緊張はしてもパニックにはならないんですね。


なにしろパニック障害は死ぬのが怖くて死にそうになる病気なので、「死んでもいい」という覚悟を決めると、また違ってくるんです。ああいうのも認知行動療法みたいなものかもしれませんね。



その後、初めて精神科を受診したのは10年ちょっと前ですが、当初は難治性のうつ病だと言われていて、長くパキシルを飲んでました。セロトニン関係に効く薬なので、片頭痛も治りましたが、パニックにも多少効果があったかもしれません。


結局、のちに8年以上もかかって双極性2型障害だと判明する次第ですが。




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