【末期がんの父に贈った病院ウエディング】めげない心が起こした奇跡

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私と恋人は予定通り

6:12東京駅発 新庄行の山形新幹線に乗り込んだ。


日頃の仕事と看病の疲れもあり

私は新幹線に乗り込むとすぐに眠り込んだ。


眠った私を乗せたまま新幹線は北上し、

栃木を抜け、福島県に入った。


そのとき、突然アナウンスが流れた。

いや、

正確に言うと流れていたらしい。


熟睡していた私は

隣に座っていた恋人に起こされ

衝撃の言葉を聞かされた。


恋人
この新幹線、山形には行かへんって!
行き先を仙台に変える言うてた。
今朝起きた地震の影響やって!


え?


寝ぼけていた私は理解不能だった。

もう一度恋人に説明してもらい

ようやく事を理解した私は、パニックになった。



どうしよう、どうしよう、どうしよう。



恋人も焦っていたが、

どうにか私を落ち着かせてくれた。


とにかく、病院に付き添っている母に連絡を入れることにした。

そこで私はさらに驚くべき事実を聞かされる。


母は、電話口で落ち込んだ声で言った。

父が今朝から40℃近い熱を出しているというのだ。

もちろん、外出の許可は出せない、と。


え……。


動揺を隠せなかったが、

とりあえずフォトスタジオに連絡をしなければと思った。


そこで私はさらにどん底に落とされた。


写真家さんが夕方から出張が入っており、

大幅に時間が遅れる場合は

撮影できないかもしれない、とのこと。


え……!?


なんで、どうしよう。

なんで! なんで! なんで!


父には時間がないのに!

父の夢を叶えるために、ここまできたのに!


母は諦めたように言った。

今日は無理じゃないか、と。


フォトスタジオ側も、

到着時間が見込めない以上何とも言えないとのこと。


ミッションが「失敗」の方向に動き始めたのを感じた。


なんでこんなトラブル続きなの。
もうだめだ。
できないよ。


私たちの混乱を無視し、新幹線はホームに到着した。

山形の新庄駅にいるはずだった私たちは

宮城県の仙台駅に強制的に降ろされた。


懐かしさも何もない見知らぬ街。

私の故郷ではないこの地で、絶望を感じた。


私は、新幹線から降りると、そのままホームで泣き崩れた。

地べたにしゃがみ込み、下を向いて泣いた。

コンクリートに自分の涙がポタポタと垂れたのを覚えている。


しゃがみ込んだ私の隣に恋人が呆然と立っていた。


どれくらい泣いただろうか。

全員が「失敗」を予感し、弱気になっていた。


そのとき、恋人が口を開いた。

恋人
ひとみはどうしたいん?
何がなんでもおとうさんに
花嫁姿を見せたいっていう覚悟はあるん?
……ある。
恋人
ほな、今日しかないで。
おとうさんの状況を考えると
もうこの先チャンスがあるかどうか分からへんで!


このとき

私の心の中のベクトルが「成功」へと切り替わった。


状況は何も変わらない。

ただ、「成功」へ行くという覚悟を決めた。

……絶対に今日決行する。
何としてでもやる。
お父さんの夢を叶えられないなんて絶対に嫌だ!
恋人
ほな、やろう! 何としてでもやろうや!
まずは、フォトスタジオとおかあさんに伝えやなあかん。
……はいっ!


涙はいつの間にか止まっており、

急変時に冷静沈着に対応する看護師としての私がいた。


手早く、合理的に、やるべきことのリストアップと連絡を行った。


それは

心臓が止まった患者を助けるために

医療スタッフが一分一秒を無駄にせず、対応する動きに似ていた。


そういった合理的な対応は、

9年間の看護師生活で十分に培ってきたのだ。


何がなんでも

父の夢を叶えるために前進するのみ!

試練がきたのだ。
でも、そんなのに絶対に負けない!


私の覚悟が伝染したためか、

他のメンバーたちは、気を利かせすぐに対応をしてくれていた。


母とフォトスタジオさんが

なんと同時に

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