インドの洗礼 第2章 その3 〜チャイとオッさん
肩を叩かれて振り返ると、また新たなオッさんと目が合った。
チャイ売りのオッさんだ。
チャイってのは、要はミルクに大量に砂糖をぶち込んだ、庶民的なミルクティーだ。
駅の待合室や路上で、チャイの入ったやかんと、素焼きのおちょこみたいな入れ物を持って「チャイチャイチャイ」と連呼しているのがチャイ売り。大体オッさんだ。
「ニイちゃん達、チャイ買ってくだちゃい」
人懐こそうなチャイ売りのオッさんの瞳が、そう訴えかけてきている。
「いっチャイますか?」
目配せでそう友人に尋ねてみると、うんうんと頷きやがるので、
まあ折角だからということで、チャイで乾杯することにした。
お値段日本円にして約1円(当時)。やすっ。
湯気の立つ茶色いチャイが、年季の入ったいぶし銀のヤカンから、これまた茶色の素焼きの入れ物になみなみと注がれ、コトンと目の前に並んだ。
小さく乾杯する俺達。
まずは香りから楽しもう。
チャイを目の前に運び、くるんくるん小さく回してみる。
うん。いい香り。
と、チャイの水面にほこりっぽいものが点々と踊っているのが見えて、思わず手が止まる。
えっとこれって茶葉でいいのかな?それとも汚れ?まさか虫?
なんかこう、無視できない感じになっていると、友人の片割れが「うめえ!」と騒いでいるので、意を決してちょっと口に含んでみた。
、、、いやー染みる。
蒸し暑くてジメジメしてる中、ちょっとショウガの聞いた、ど甘いチャイが五臓六腑に染み渡るじゃないですか。
さっき多少気になったほこりっぽいものは茶葉だと勝手に結論づけ、思わず一気に飲み干すと、俺も「うめえ!」と言葉が勝手に出て来た。
ちなみにこのチャイ、良い茶葉だと美味しくならないのだとか。低品質で細かい茶葉のもので煮出してこそ、美味しいチャイができあがるのだと言う。ほへー。
言葉は通じなくても、表情や声の調子で言っていることは通じたのだろう。主人とチャイ売りのおっさんが破顔した。なぜかついでに先客のおっさんも。
で、チャイ売りのおっさんが、この素焼きの器は飲み終わったら地面に叩きつけて割るんだよって教えてくれた。
その時は聞かなかったけど、カースト制度が根強く残るインドでは、過去に誰が使ったかわからない食器は二度と使えないから、というのが理由らしい。
確かに、街角のところどころに素焼きの器が山盛りになっていて、なんだべこれって思っていたんだけど、その理由が分かった。
ためしに、飲み終わった器を地面に叩きつけてみたら、
器はパリンと乾いた音を立てて、あっけなく砕け散った。
なんというかこう、小学校の頃の避難訓練で、上履きのまま堂々と校庭に出て行く、あの軽いタブーを堂々と破る感じと言いますか。
ちょっと後ろめたく、なんか楽しい。
友人達もパリンパリンと器を楽しそうに叩きつけては、チャイ売りのオッさんと目を合わせて笑い合っていた。
そんなこんなしてたら、カレーが出来上がってきた。
アルミ皿が大小二つ。どちらも使い込まれたのか、細かいキズだらけ。
大きい方には、粒が細長い、いわゆるタイ米がこんもり盛られ、小さい方にカレーがなみなみ入れられている。よく煮込まれていそうなチキンの塊が、氷山の一角のように、少しだけ顔をのぞかせている。
で、食べようとしたら気がついた。
スプーンが、無い。
これまで食事をしてきたレストランでは、旅行者が多いためかスプーンは出てきていた。
しかし、ここは路地裏の屋台。現地の人々の生活真っ只中。
どうやらここではスプーンは出てこないようだ。
「手づかみだな」友人の一人が言った。
ちなみに、インド人は右手だけを使って器用に食べる。
なぜ左手を使わないか。
それは、トイレで左手を使って《自主規制により削除されました》からである。
続く
著者の鎌田 隆寛さんに人生相談を申込む
著者の鎌田 隆寛さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます