インドの洗礼 第2章 その6 〜倍々ゲームのカタストロフィ

問題

1分で2つに分裂する細菌を幾つかビンに入れておいたところ、

60分で100万個になったとする。

細菌の数がその半分の50万個になったのは、分裂開始から何分後か。

答. 59分後

細菌は1分で2倍になるのだから、50万個だったのは100万個の1分前。

細菌が倍々ゲームで増えるのであれば、その症状、情け容赦のないカタストロフィは、

青天の霹靂のごとく突然到来することになるのだ。

カフェの席に着く俺達。

あれやこれやと、メニューをギャアギャア楽しそうに物色する友人2人。

だが一方で俺はなんとなく気分が乗らず、そのやりとりの中に入っていけなかった。

メニュー表を眺めてみていても、目は文字の上を虚しく上滑りするだけで、何ら意識に意味のある情報を伝えようとはしなかった。

胃の辺りが熱く、味の濃いものを想像すると軽くムカつきを覚えるのだ。

そう。この時すでに「敵」は城内に侵入、林の如く静かに侵攻し、天守閣には火の手が回り始めていたのだ。

友人2人は、ラッシーという、砂糖ぶち込み系のヨーグルトドリンクを仲良く注文。

そして俺はというと、2人のはしゃいだ様子を横目で見つつ、暖かいお茶。ジャスミン茶を注文した。

オーダーを待つ間にも、水が砂に染み込むように、じわりじわりと体調が悪化していく。

「ムカつき」は満潮に向かう海の波のように、押しては引きしながら、全体としてはクレッシェンドを描きつつ、徐々に強くなってくる。

額を拭うと、べっとり指先にまとわりつく粘つく汗が噴き出しているのが分かる。

流石にこうなってくると、ヤバい空気をビシビシ感じる。

振幅する苦痛のバイオリズムは、きな臭い破滅の胎動なのだ。

やがて店員が持ってきたジャスミン茶を、何らかの成分が上手く作用してしれないか、

とかよく分からん妄想と共に一気に飲み干す。

結局、この「一気飲み」があたかもコップの水が表面張力に打ち勝って溢れ出るように、崩壊を後押ししたのではないか。と後になって思う。

突然、目の前がチカチカし始めた。

手が細かく震えている。手の平が真っ白だ。

「おいおい、大丈夫か?」

友人達が心配そうに顔を覗きこんでくる。恐らく、顔色も手の平とほぼ同じ色で、蒼白になっていたに違いない。

「大丈夫」

と、言いたいところだが、言葉が出ず力無く微笑む。

いや、微笑んだというよりは、「いびつに顔を歪めた」という方がしっくり来るのかもしれない。

胃袋が、まるで誰かに絞られているかのようにギリギリと痛む。

喉の奥が、まるで別の生き物のようにヒクヒク動いている。

次第に、口の中が酸っぱくなり始めた。

唾液が止めどなく流れ出てくる。

こいつぁ、ヤバい。

部屋を出ようと椅子を立ち上がる。

が、予想以上に力が入らずに驚いた。

穴の空いたバケツから水が漏れ出すかのように、ヘソのあたりから生命エネルギーが流出しているようだ。

どこか。どこかないか。

頭の中は、それだけで一杯。

と、死に物狂いで辺りを見回していた目が、ソレを見つけた。

枯れかけた植物がまばらに突き刺さった、大きめの花瓶。

安堵して緊張が途切れたのか、そこでついに臨界点に達した。

そして、

俺は、

マーライオンになり、溜まりに溜まった、熱くほとばしる「万感の思い」をそこに洗いざらいぶちまけたのである。

席に戻ると、「大丈夫かよー」と半ば茶化しながらも、心配そうな友人2人。

おそらくその心配の半分は、俺と同じ物を食った彼等自身に向けられていたに違いない。

まだ鈍痛は続いている。

「まあなんとか大丈夫」

弱々しく答えた。

まあなんというか嘘だけど。

カルカッタからブッダガヤまでは、寝台列車で移動する予定だった。

この鈍痛と「こみ上げる思い」と共に、コトコト6時間以上揺られ続けることを思うと、正直気が重かった。

禍々しく赤い夕焼けが辺りを包みこみ始めていた。

間も無く、夜がやってくる。

街頭がほとんどないインドの、深く長い夜が。

続く

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