走り出せ

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前話: 24歳の田舎育ちの芋娘がたった3年で300人以上の生徒が通うお菓子教室を作った物語~20歳から21歳~

心がポッキリ折れてしまった私は、しばらく地元に帰っていました

あれからというもの、男性恐怖症になってしまい彼でさえも恐くて近づけなかった

背が高い

声が低い

そんな人が大きな声を出したり、手を挙げる仕草をすると

何か物が飛んでくるんじゃないか、とか

怒られるんじゃないか、とかで

「いやぁーー!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

と部屋の端っこで毛布をかぶって怯えていました

トイレにこもってずっと泣く日もありました

「はぁ、、、」

と彼にため息をつかれる、それだけで

捨てられる、やっぱり私じゃダメなんだ必要のない人間なんだ、、、

それは嫌だ、お願いだから嫌いにならないで

でも…恐くて近づけない

そんな日々が続いていたので、彼には悪いけれど一人地元に帰ることにしました

両親は困惑していました

昔から、どちらかというと強気だった私が別人のようになって帰ってきたから

ご飯も食べない

テレビも見ない

何も喋らない

とにかく物事に興味を示さない

状況を察してくれた母は、悲しそうな顔でこっちを見ていたのを覚えています

仲良くしてくれている彼の母は、電話越しに泣いていました

どうやら彼が話したみたいです

「近づくこともできない」と

とにかくあの頃は世界が曇っていて、毎日何をして何を感じて生きていたのか

ハッキリ思い出せないんです

お買い物に行くのがやっとで、お母さんお母さんと

母の服の裾を持ってスーパーについていった思い出だけは覚えています

数ヶ月たって、少し落ち着いた私はやはり元いた場所へ帰ることにしました

神戸、一番最初に働いた街

彼が住んでいる街

出直し作戦、決行!

もう働く場所は決めてあります

パティシエのときに行きつけだったフレンチのお店

そこのお店の雰囲気が好きで、ここで働きたいって一番に思い浮かんだのです

早速すぐに電話、そして採用。

なんとオーナーの奥様が私と同じ徳島出身らしく意気投合

笑顔が素敵なご夫妻のお店で働くことになりました

元パティシエだったこともあり、とても重宝してくれました

さらに嬉しいことに手作りお菓子を食べてくれたり

教えてー!って言ってくれたり

私はそこではじめて自分について、深く考えることができました

私には何ができるんだろう

私にしかできないことってなんだろう

ある日、パンを焼いて持っていったときです

職場に人たちにあげるつもりではなくて、

帰りに近所の子供達にあげるつもりだったんですが

鞄から少し見えていたのか、すぐにバレました

「ろくちゃんこれ何ー!?」

「またなんか作ってきてるー!」

あ、それは子供たちにあげ、、、

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