運動神経最悪だった私が厳しい運動部に入った結果
これは私が中学の頃に出会った担任の先生の話。
私は中学の頃、バドミントン部だった。だが、当時の私は運動がとても嫌いだった。
なぜバドミントン部に入ったかというと、仲のよい友人がそこに入るからだ。バドミントンなんてただそこにいてきた羽を打ち返せばよいとか思っていた。
しかし現実は違った。
私は運動神経がよくない。ステップも踏めず、肩はあがらず、何より羽が飛んでくるスピードが桁違いだ。
当然そんなもの打ち返せないし、びびってコートの真ん中で固まってしまった。
もう部活を続けるのは絶対に無理だと思っていた。
限界を感じて、退部を顧問に相談しようとしたが怖くてできなかった。先輩にも同期にも相談できなかった。
私の部活はかなり厳しく、意思が弱いものは徹底的に叩かれた。
前にしんどさから退部を申し込んだ子がいるが、その時はいろいろ大変だった。顧問をはじめ、先輩にもいろいろ説得されたようで、結局その子は周りの圧に負けてその後も部活を続けている。
私はその子みたいな状況になって精神的に逃げ場をなくすのが怖かった。
学校に、私の苦しみを打ち明けられる人はいなかった。違う部活の友達に相談する気力もなかった。親も頑固で古風な性格なので今の私じゃ押しつぶされるだけだと感じて言うのをやめた。
こうして一人悩み倒し、もうすぐ鬱になろうとしていた。
ある日学校で二者面談があった。
担任の先生は私になにげなくクラスのこと、友達のこと、勉強のこと、いろいろ聞いてきたがとうとう部活のことも聞いてきた。
「部活はどう~?楽しい?」
「……」
思わず黙り込んでしまった。相当嫌なオーラを発していたのか、一瞬で
「辛い?」
と図星なことを言われてしまった。
「はい」
そしてもう普通に部活をやめたいことが口から漏れていた。最終的に、私は泣いていた。
そんな私に、先生は優しく慰めてくれた。
「あらら、そうなのね。もう~嫌ならやめていいのよ~大丈夫よ~でも一ついいこと教えてあげる。とりあえずつ辛い時こそ笑顔が一番よ、本当よ~」←※男の先生
正直適当な片づけ方じゃないかと感じたが、先生の柔らかいオネエ口調と楽観さで和らいでしまった。
とは言っても、部活の辛さはまったく和らぐことはなかった。
だいたい、こんなに辛いのに笑顔とか無理だった。
まだ部活の誰にも退部したいことを言ったことはなかったが、さすがに酷く辛そうな私に顧問の先生は個別に私を呼び出し、ついていけないなら無理するな、的なことをそれとなく言われた。
悔しかった。
前に退部しようとした子は説得して止めたくせに、私には無理するな、などと私が本当に向いてないみたいじゃないか。
いや、本当に向いてないからこんな思いをしてるのだがいざそんなこと言われるととてつもなく悔しかった。
「いいえ、大丈夫です頑張ります」
口が滑ってそんなことを言っていた。全然大丈夫じゃない。
しかし言ってしまったので仕方なく頑張ろうと思った。肩の荷が重かった。
やっぱり私は部活で一番下手をキープし続け、幾度となく試合で迷惑をかけ続け、だめだ悔しいけどもうやめよう、と思っていた。
ついにこの部活の終わりと共に顧問に全てを打ち明け、おさらばしようと固く誓った。
部活中にふと、この辛すぎる気持ちを初めて担任の先生に相談した時が浮かんだ。
なんだか切なくなった。
そう、やめていい。辛いし。だいたい顧問も私が辛いのわかってるし、周囲に圧力かけられて止められる心配はもうないのだから。私がやめるのを誰も何とも思わないから。
そう思ったらいろいろとどうでもよくなった。
ああ、もうこの辛過ぎる部活やらなくて済むんだな、とこの部活の時間の終わりとともに勝手にやめる前提を一人で思い浮かべながらやってたら、どうせなら最後にこの最強に辛い状況で笑顔やってみるか。と思った。
ばいばいくそ辛い部活!
はたから見たら気持ち悪いだけの精一杯の笑顔でやってたら、どうでもよさにプラスしてなんだか心が軽かった。
いろんなものを恐れてプレーしていたが、そうではなくなって自由な動きをしていた。
自由過ぎて打った羽ほとんどコートから出てはいたが、なんか楽しかったのでやめるのはもう一回部活やってからでいいや、と少し先延ばしにした。
今度こそ今日でやめるのか!今日は最大限適当にやって終わらせよう!
そんな感じで次の部活が始まった。
その日もまた気持ち悪い笑顔で試合した。すると、知らないうちにスマッシュを打っていた。
今までどうやっても打てなかったスマッシュ、しかもそれで相手は拾えず点を決めることができていた。何がなんだかわからなかった。
周りの人も、あんな下手くそな私が綺麗なスマッシュを決めるなんて誰も予想してなかったので大層びっくりした。部活で初めて喜びみたいなものを感じた。
それから、私はすっかり退部することをやめた。
別にそれでみるみるうちにうまくなったとかそんなことはなく、相変わらず下手くそではあったけど徐々にうまくなっていくのが実感できた。
本当に楽しかった。
とてつもなく厳しい部活だったけど、私はそこで無事に三年間活動し最高の仲間と笑って卒業することができた。
それから高校、大学へと進学し、私はすっかり運動にはまりバドミントンだけでなくマラソン、自転車といろいろなスポーツに手を出すようになっていた。
大会でそこそこ優秀な成績を収める程にもなった。
そして、すっかりスポーツ漬けの生活を送るころ、地元のマラソン大会が開催されると聞き、早速出てみた。
開会式の挨拶をする人を見て驚いた。
中学の担任の先生がそこに立っていた。
先生は体育の先生であったが、同時に連盟にも加わっていた為その関係で呼ばれているようだった。
先生はスピーチ中に私を発見したらしく、こちらを見て微笑んだ。
そのままマラソンがスタートし、私は11位という自分的にはまあよい成績を残すことができた。
終わってほっとしている私を、後ろから誰かが呼んだ。振り返ると、先生がいた。
「速いじゃない~!運動神経あんなに悪かったのに~成長しちゃった?」
いつもの口調が馴染んでいた。
「バドミントンやめなくてよかったね~もう先生嬉しい!」
思わず涙が出た。その後のいきさつ、大学でも高校でも先生のおかげでずっとスポーツを楽しめるようになったこと、そこそこうまくなったこと、拙い言葉で全部話した。
「よしよし、走ってるとこ見てたわよ~すっごいいい感じだったじゃない~!ずっとにやにやして走ってるんだから~!やっぱり笑ってるのが一番でしょ?そんなスポーツは難しくやるもんじゃあないの!楽しくなくても笑ってると適当に楽しくなってくるのよ」
にやにやして走ってないと思うが先生の言ってる意味がわかった気がした。
やっぱり、何事も適度に楽しめないことには何も得られない。適当でよかったのだ。いろいろ難しく考えがちだった。人生なんて、適当にやるのが一番いいのかもしれない。
結果なんて何でもよいのだ。私は先生のおかげで自分の世界を無限大に広げられたようだ。
ちなみに毎年マラソン大会はやってるみたいなので、毎年会いに行こうと思う。
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