今もRX-7とともにいる           

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“本物だ この人” 


時間的観念はおかしくなってはいるが 知識がなければ出ない単語

少なくとも 自分が彼の話を信じてみるのは十分な内容だった


『彼の生活の中に このエンジンとの時間を作ろう』


 そう 決めて 彼の担当者でもなかった自分だが 

   担当だった女性職員にあきれられながらも

  彼のケアプランには エンジンいじり を加えることにした


同僚や上司からは “馬鹿なこと始めやがった”と思われていたのもわかっている

 そんなことしてる暇があるなら仕事しろ とか

  一人の人ばかりかまってるんじゃない とか 

 いろいろと罵詈雑言が聞こえていた

  

 だが そんなことは関係ない  

 わかろうとしない人にこの話をしても何の意味もない

担当だった女性職員でさえ 「あなたが担当やれば?」的反応しかなかった

 彼女は自分の担当している彼が
  エンジンを触っているとき どんな表情をしているのかも知らずに.....


自分にしか引き出せない彼の愉しみ 

 だから 休み時間や 自分が仕事上がってからの時間を使って

  彼とのエンジンいじりの時間を紡いだ


彼に工具を渡すと 

ボルトのサイズに合うソケットを探し ラチェットを操り 

堅くしまっているボルトは少し緩めておくと 彼は黙々と部品を外してゆく


何日かかったか?正確には記憶できていないが、1ヶ月以上の時を要しただろう 

できるだけ手伝わず 彼のやりたいように触ってもらった

時にボルト1本を外すのに 1時間くらいかかることもあり 

ローターハウジングを外し 

中からローターが出てきたときの彼の驚きとも歓喜ともとれた表情は

 今も鮮明に脳裏に焼きついている

そして そのローターは 彼の部屋に飾っておくことにした

(これも興味ないものにとっては邪魔で危険な金属塊でしかなかったが)


その後も彼とのロータリーエンジンにかかわる時間は充分なものではなかったが

ケアプランの一部として細々と続けていた

しかし そのかかわりの時間では 

 彼の認知症の進行を抑制できるほどの効果はなかった


しばらくして 彼は 体調を崩したことをきっかけに入院した 

一時は危ぶみがきこえることもあったが復調したが

 入院生活が1か月を超えたその手は 

  エンジンを触る力をもはや残していなかった

ラチェットを握っていた手はやせ細り 

   軽くしまっているボルトですら外すことができない

だが 記憶にはロータリーエンジンのことが残っている片鱗を垣間見ることはできた

このエンジンは動くようになるのか?
自分
このエンジンはダメですよ ブローした廃棄物ですから
そうか....
このエンジンはどんな音がするんだろうな...
自分
残念ですが...

今日はもうやすみましょう

声をふりしぼるよう自分に訊ねた彼を 部屋へお連れした


 ロータリーエンジンに馳せる想い その鼓動を求める彼の若かりし日の記憶

彼の人生に残された時間は もうそう長くはないだろう

 今の自分にできること?

  自分にしかできないこと?

『実車持ってくるしかないな だれか身近な友人でローターリーエンジン搭載車を

 所有してくれてたら簡単なのに...』

ーロータリーエンジン搭載のFDを駆る日ー

マツダに勤める友人に電話をいれた

自分
だれかロータリー積んでる車持ってる人 紹介してくれないかな
MAZDAの友人
どうした? 
前にエンジンもっていったじゃん
自分
エンジン動いてるのが見たいらしいんだ
MAZDAの友人
そうか、あたってみるよ セブンも夏で生産中止だろうしね
自分
え、生産中止決まったの?
MAZDAの友人
あぁ 近々 正式発表されるんじゃないか?

そのとき 自分の中で なにかが動く


『FD買うか?』


新車で手に入る最後のチャンス

次期ロータリーエンジン搭載車であるRX-8の話は出ているものの 4ドアのノンターボ 

なにより自分が憧れたRX-7の新型という位置づけではない

まして排ガス規制の関係から 

ロータリー+ターボはFDが歴史上最後の生産車となる可能性すらある

自分のドライビングスキルでは 

間違いなく もてあますであろうSpecを備えた

  孤高のスポーツカー FD3S RX-7

ひるむ気持ちもあったが 気持ちを固めるのに時間はかからなかった

決断を促すには有り余る想いを これまで充分に昇めていたから


しかし 唯一の心残りは ここまで手をかけてきたGemini

 そのマニア向けの車体は価値を見いだせない者にはただの中古車

まずは友人たちに受け継ぎ先を模索してみる

数日後 友人の一人が 継承してもいい 

 と返事をくれた


ここから 一気に話が動き出す

とりあえず マツダディーラーへ商談に

 この時すでに 最終限定車スピリットRの発売が

 半年後あたり予定されていることはわかっていたので

これを待って という選択もあった

だが 最終限定車ということもあり値引きは期待できず

車両価格も400万位になるとの話

価格の問題もあるが そもそもそんなに待てない 

というか彼の時間がないかもしれない

 一番納車がはやい という条件も考えると

 カタログモデルであるTypeR Bathurstへ狙いを定めた

決算期だったこともあって初回の商談からなかなかの条件が提示される

次は妻への相談

自分
RX-7買おうと思うんだけど....
RX-7? 次はSuper SEVENじゃなかったの?本気?
自分
う、うん 結構本気
セブン違いの7だけど いい条件ならいいんじゃない 
次行くときハンコもって目いっぱいやってもらえば

少々 意外な反応だった


それまでの彼との話をちょこちょこしていたこともあって

 やはり こうなることを予見していたとしか思えない おそるべき 妻の洞察力

そして最終商談にのぞみ

納得の条件をいただいたので 判を押した 


納車は約1か月後

『これなら 間に合うだろう 彼の時間に....』


そして FDを契約したことを彼に告げた 

しかし 彼はそれがどういうことなのか?

理解できないようだった 

その枕元には 13Bから外したローターが飾ってあるのだが...


あっという間に時は経つ

 彼はその間 枕元のローターへ手を伸ばすことも減り

 手元にあるボロけるほど眺めたRX-7のカタログも見ることはなくなっていた

自分との話も 盛り上がりを見せることはほとんどなくなり


 2002年 3月 FDが納車された

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