学校や職場でイジメにあっても両親が離婚しても私が自ら死ぬことを止めたわけ

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辞めたら収入がなくなるし貯金もなかった私は、


その提案を断りました。


その結果、よその病院へ行ってくださいと言われ。




更に病院を受診することが怖くなり、


治療をしないまま40歳の誕生日前日を迎え。




自殺することを止めたものの、


長距離通勤していた派遣での仕事も


続けられなくなり退職し、


再び絶望に襲われる事態になったのは2013年の夏。




家族にSOSを出すものの、


たまたま例年より酷く熱かった夏だったため、


ただの夏バテだろと、


熱射病で死なない程度に頑張れと叱咤され。




そもそも精神疾患は理解しがたい家族だったため、


その後しぶしぶ資金や物資の援助はあったものの、


それ故、2か月後にはこれ以上の援助は無理と


言い渡されてしまいました。






無知だと身の危険は守れないことを知りました



仕事も出来なくなって収入が途絶えてしまった時、


どう対処したらいいか皆さんはご存知ですか?。




私は、生活保護以外のことは知りませんでした。




社会保険から出る傷害手当のことも、


社会福祉協議会との手続きで得られる


生活支援貸付のことも。


生活保護についても、詳細は知らず。


寄りにもよって自分の地元で、


生活保護が受給されるべきひとに受給されず、


その人が自殺してしまい全国区のニュースになり、


悪名高い地域として全国に知れ渡り。


それが諸手続きをすることへの恐怖心を、


増大させていました。




傷害手当以外の手続きを経験したことで、


会社勤めで得られる収入が途絶えた時の事を、


会社に属しているうちに知っておくべきだったと、


痛感させられました。




諸手続きをしたことで、


別の病院で再診断することになり。


その結果もまた、


「希死願望のある重度のうつ病」


でした。




治療を始めた直後は、


過去の辛い体験が怒涛のごとく思い出され。


死にたい死にたいと、


またしても思うようになりました。




ところが、そのたびに、


無知ゆえに苦境を難なく乗り越えられなかったことを


悔やむようになり。


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