10年後には世界の半分が失業してしまうような世界は欲さないという話

バンコクに来ている。

今回のバンコク滞在の拠点としたホテルがあるプラカノンという地区は、バンコクの東の外れにある。

バンコクもこの辺りまで来ると、大通りにこそ高層ビルが立ち並んではいるものの、一本奥の路地に入るとそこには、昔ながらの蟲惑的な雰囲気を放つ下町が広がる。

華人経営のソバ屋やら、ガラクタを商う個人商店やらが所狭しと立ち並び、その裏手には強烈な腐臭を放つ運河が流れている。大学生の頃始めて訪れた90年代のバンコク、そして、日本語教師として戻ってきた頃、21世紀初めバンコクがそこには広がっている。

バンコクに到着したその日の夜、日付が変わっているのにも関わらず、小1時間ほどこのプラカノンの下町を徘徊した。

午前1時。人通りもまばらな薄暗い路地に、ほぼ等間隔に点々と蛍光灯が灯る。その蛍光灯一つ一つの下には手押し車の上に山のように盛られた果物が光っている。みかん、りんご、マンゴー。

それぞれの手押し車には微妙に異なる果物が積まれており、その横にはプラスチックの椅子に腰掛けた中年女性が、上体を前に倒して、両膝の間に頭を突っ込むようにして惰眠を貪っている。

狭い路地に点々と並ぶ店番の女性が全てこのような姿勢で半ば意識を失っている様子をぼんやりと見る。じっとりと湿った空気を吸い、背筋に流れる汗を感じながらこんな風景を見ていると、どこか違う世界に迷い込んだような気がする。

こんな裏路地の一隅に腰掛け、タバコを吸っていたらなぜか、ケンブリッジ大学が発表したという「10年後になくなる職業」のリストの事を思い出した。人間が行う職業の約半分が10年後にはなくなるというこの予測は、テクノロジーの進歩の速さを論じ、新たな能力の開発を促す。

真っ暗な路地で身体を闇に埋没させる仄暗い快感に身を委ねつつ、思う。

おそらく、10年後、この街の巨大スーパーのレジは自動化し、キャッシャーの仕事はなくなっても、薄暗い路地で行われている地を這うようなこんな小商いはしぶとく生き残っていると思う。人々の市井の生活が続く限り、その生活にぴったりと寄生するかのようなこんな小商いはなくならない。

あるいは、巨大スーパーのレジが自動化され、失業者が増えた分、こういう小商いは逆に増えるのかもしれない。確かに、人通りの少ない裏路地で一晩中、果物を売るというのはものすごい重労働ではある。しかし、利幅は少ないものの、わずかな元手で手軽に始められるこういう商売は、市井の人々の生活を支える一種のセーフティーネットであるとも言えるだろう。

だが、そもそも?と真っ暗な路地の一隅に体を隠し、自分が吸うたばこの火を眺めながら思う。

私たちは、10年ごとに世界の半分が失業してしまうような世界を欲しているのだろうか。人間の労働サイクルよりもはるかに早い技術の進歩。世代に渡って受け継がれる知恵は陳腐化し、子どもが描く将来の仕事についての夢も、その子どもが成人する頃にはなくなっているかもしれないような世界。

そして、そのような変化の速い世界に対応するために、教育界(日本語教育の世界でも)は新たな人間観に基づく能力観を提示し、その能力の開発と教授に血道を上げる。

しかし、それ自体も数十年後には陳腐化し、冷笑を浴びるような代物に成り下がっているのだろうか?

世界の流れだからと、否応なく巻き込まれるものだからと、そう言われれば電撃に打たれたようにうなだれ、納得するしかないのかもしれない。しかし、時には、10年後には世界の半分が失業するような世界などは欲しないとはっきりと意識することが必要なのではないか?

少なくとも僕個人の問題としては、こんな世界は欲しない。そうは言っても世界は変わる。こんなことはただの愚痴かもしれない。でも、それであっても僕はこの不同意をしつこく表現していきたい。

そして、この街のように、表通りには高層ビルが立ち並んでいても、裏路地には果物の子商いが立ち並んでしまうようなスキマというか、緩さというか、そういう余裕がある世界であってほしいと思う。

あるいは、チャオプラヤーの水運を利用した物資の集散地として繁栄してきたクルンテープ(バンコク)の成り立ちから考えれば、このような小商いこそが、この街を支えてきたもっとも基盤的な行為である言えないこともない。

こんな世界の中で僕自身はどこに身を置き、世界を眺め、考え、行動したいのかと振り返ってみれば、それは、大通りの高層ビルのオフィスの窓からではなくて、こんな裏通りの一隅で市井の空気を感じながら生きていけたらなあと思う。

それは、批判的な生き様を貫くとか、少数派を気取るとか、そいうことではない。こういう薄暗く、人いきれが充満する雑然とした空間がなぜか好きで、くつろぎを感じるというすごく単純な理由からであって、そういう世界が続いていったらいいなあと思うからなのだ。

たばこを吸い終えたあと、果物売りのおばちゃんをたたき起こし、マンゴーを一つだけ買って、この路地を抜けホテルに戻った。

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