北海道の楽しい100人が100人で終了したわけ

4年かかって無事終了。最後の登壇者は誰?


2016年2月18日 北海道の楽しい100人が100人目の登壇者を迎え、無事終了しました。参加された方は280名。おそらく道内で一番大きなイベントになっていたのではないでしょうか。SNSのみで一回だけの告知。他の宣伝は一切なし。口コミか友達の誘いで毎回いらしてました。会場費の500円を払い2時間ほど一人15分の話を聞く。自分では経験できなかった話、共感する話、応援したくなる話、自分事になる話。すべてが自分へ返ってくる、それが100人の特徴だったと思います。

思えば2012年にはじまった「たの100」。はじまった理由をSTORYに書いたのを思い出し、終わる理由も書くべきだと思いキーを叩く。


100人は毎回4名の登壇者をゲストに迎えてお話を聞くというシンプルなイベント。登壇者は一流とかすごいとかではなく「楽しい」という実績に関係ない、つまり一般の人が多い。もちろんとんがってる経営者さんとかもいるわけだけども。

運営の4人は(途中で保田先生が昭和女子、神戸大へ転籍となり3人になったけど)ボランティアの大学生にも恵まれて運営をつづけていけました。私たちのやる仕事は2つ。登壇者を選ぶこと。会場を用意すること。これだけです。最初は自薦他薦も参考にしていたものの「私たちの知りたいはみんなの知りたい」という原点で、身の回りの人たちを探しました。気がつけば、友達の友達くらいまでしか広げずに思い切った人には声をかけてません。出来る限り自分の近くの楽しい人を紹介したかったからでしょう。

おもえば100人で、札幌の碁盤の目の謎をといた和田さんはブラタモリでタモリさんも道案内したり、登壇者同士の交流で新たなビジネスが生まれていたり、なんといっても、前回登壇者として前に出た人が次から「閲覧」として座ってることがとにかく多いイベントでした。前に出るのではなく、一緒になることが自然と生まれていたのかもしれません。最後は20名を超える人がオーディエンスになってましたし。

100人に向けては半年前には登壇する人にお声かけて決めていきました。その中で、大泉洋、安田顕など今や日本の芸能では外せないアクターを率いるオフィスキューの鈴井あゆみ社長へラブコールを送りました。スケジュールだけが勝負だったのは内緒です。「出てくれる」と確信していたもので。

北海道の楽しいを伝えてくれる大泉さんはブルーリボン賞をとったのその時「北海道という帰る場所があるから気を楽にして東京で戦えた」と語ったのが印象的でした。帰る場所があるという安心。

北海道という環境になんだかピッタリな言葉にも思えました。


別にスペシャルなイベントではありませんでした。いつも通りの4人だったとおもいます。

100人目とか最後の回というふうに見せていませんし感じも出してないです。

1回目にきたひとも、100回目にきたひとも、10人目で登壇した人も、100人目にしゃべった人もみんなが楽しい人であるのにかわりなく、ここに出たことのパワーを感じて、もっと楽しい北海道になればいいから。

全部を自分のことにできたひとが、次の100人になるなとおもっています。


また楽しい事が生まれますよう。 4年にわたってお付き合いいただいたみなさまありがとうございました。


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