右手だけの手袋の思い出

3月某日。

職場を出て、エレベーターに乗り込み、トレンチコートを羽織る。エレベーターが1階に到着する。駅に向かって地下通路を歩く。いつもの癖で、ポケットに手をやろうとしたその時、袖口の変化に気づく。

私はいつも袖を折り返しているのだが、それが伸びてる。それに、ベルト留めの色が違う。モスグリーンのはずだがブラウンだ。折り返しなんぞコートの脱ぎ着を繰り返すうちにほどけてしまうものだ。いつものように、1回だけ折り返す。こうすると手首が見えてバランスが良い、と私は信じている。ベルト留めの変色は想定外だった。クリーニング等の過程で劣化したのだろうか?なんせこのコートは母が独身時代に着ていたものだから、ゆうに30年は超えた年代モノだ。私より年上なのだ。なんだか歴史を感じる。ベルト留めの変色くらい、致し方ない。

それより今日は久しぶりに気の置けない仕事仲間との楽しい飲み会なのだ。最近仕事に行き詰まっているから、ちょっと相談したい、なんていうテーマもあったりして。実りの多い時間になるのは間違いない。早く移動して、じっくり楽しもう。なんて考えながら、ようやっと手をポケットに突っ込む。これでいつものスタイルだ。の、はずが、右手に慣れぬ感触。なんだか暖かくてやわらかい。取り出してみると、グレーのフリースの手袋。私はピンときた。片手しかない手袋。ここから考えられることは−。

おそらく、男の子とお酒でも飲んで、手を繋いで帰ったんだと思う。左手は彼の右手につないで彼のポケットに。余った彼の右手の手袋を、私の右手に。そうして帰宅して、差し詰めキーを操作するときにでも手袋を外し、これまた癖で、ポケットに突っ込んだ。と、まあ、そんなことだろう。全く記憶にないが、相手の目星もつかないが、楽しいお酒というのは往々にしてそんなものだし、トレンチコートを着るのは秋ぶりであるから、心あたりがないのはもう仕様がない、いわゆる忘却だ。そういうことなんだろう。

嗚呼一体、このコロンビアのグレーの手袋は、一体誰のなんだろう?手袋がない私の左手を、暖めていたのは誰なんだろう?

なあんてことを考えながら、店に着き、仲間が合流し、楽しい時間を終えて帰宅時間が迫る。壁にかけたくだんのコートを手に取ろうとして、私は気がついた。

このコート私のじゃない

背のタグが明確に違う。私の母コートは「Kitty」という謎のブランド名?が書いてあるのだがもっとたくさんの文字がゴシック系の英語?だかわかんないけど高級感のある書体で書いてあってしかもダークブラウンにゴールドの刺繍でやっぱり高そうでとりあえず私の「Kitty」じゃない。アレちょっと待って、っていうことは私の秋の夜の淡い恋の思い出は?私に手袋を貸してくれた優しい男の子は?あれ?覚えてないんじゃなくて、そもそも現実じゃない?彼も存在しない?どういうこと?

後日職場の方の協力を得て持ち主が発覚し、隣の課の1級建築士の資格を持つカッコいいい女課長(いつもいい匂いがする。何らかのパフューム)がいるのだが、彼女のものであった。即座に謝罪メールをお送りし、後日お詫びのお菓子をお渡しし土下座せん勢いで謝った。小林さん面白い、なんて笑ってくれた。やっぱり彼女は素敵だ。私の秋の思い出(虚構)は散りました。今は春です。春はいいですね。近所の桜も満開です。アノニマスダーリンへの恋は散った。みなさんもコートの取り違えには気を付けましょうね。華奢な女課長をその日薄着で帰してしまったのかと思うと心の底から申し訳ない。本当に。本当に取り違えは迷惑ですよ!いやしかし思い込みは怖いです。あんなにフラグ立っているのに全く気が付かなかった。

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