羨ましくなくなっていました

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43歳の誕生日を目前にして



4月8日までは何ともなかったのに、


4月9日の朝起きたら、


体のとあるありえない場所にしこりがあって、


大丈夫か悪性かが微妙でして。



誕生日まで1週間というところで、


まさかの展開になってしまい。



2年ぶりに、


「いやー、そんなことで死ぬのは、いやー。」


と、死なないと心に決めることが出来ました。



予算的に厳しいので、


市区町村の検診を受けようと思ったら、


該当する症状は毎年年末から翌2月までの間。



色々検索して調べながら、


冷や汗たらたら。



私が私の一番の味方でい続けるには



というわけで(どういうわけだ)、


今回の本題。



何かにつけ疑い深かった私は、


ある時期、やたらと新興宗教に誘われ。

 


事情を知る人にどう断ればいいか相談したところ、


「今岡さんはむしろ、


盲目的に信じきる


くらいが丁度いいのかもね。」


と言われまして。



当時は、ただただ気づかされただけでしたが、


20年近くたった今までの間にも、


何度もその時の事を思い出すことがあり。



ここ最近でようやく、



周りのことに対してではなく、


私自身を信じきれてるか否か



ということだったんだなとわかりました。



間違った自己開示は自分を信じきれていない証



そんな私だったので、


以前はとても羨ましかったんですよね。



人の教えをただただ鵜呑みに出来る人が。


味方が出来た途端、


真っ黒な部分を全開にしても、


ひるまずいられる人のことが。


自分のことを棚に上げて、


他人の事を口汚くののしるかのように


自分の言いたいことを言いたい放題さらすのを、



「ご自愛」


「自己開示」



と、言い切る人のことが。



そのプライドは本当に持っているべきものなのか



でもね、どっかでモヤモヤしてたんです。



いざ自分がその立場になったとしても


絶対落ち着けないのがわかっているのに、

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