パールハーバーの白い記念館

パールハーバーの白い記念館

パールハーバー(真珠湾)。1941年12月7日、大日本帝国太平洋連合艦隊の戦闘機による奇襲、停泊中のアリゾナをはじめとする米太平洋艦隊の主力戦艦が壊滅的な打撃を受け、太平洋戦争の火蓋を切ることになった歴史的な場所。そこに今でも眠る戦艦アリゾナをまたがるように浮かぶアリゾナ記念館。あまりにも有名だ。

私はアメリカのユタ州で中学教師をしていたのだが、帰国時にハワイに寄り道した。宿泊したホテルのロビーにツアーの案内があったので、何も考えずにあるツアーに参加した。

  ツアーの集団についていったら、真珠湾で船が出て「アリゾナ記念館」という所に連れていかれた。そして、言われるままに海中をのぞいたら戦艦が沈んでいて解説が始まった。日本の艦隊が奇襲攻撃をして撃沈され、1177人の犠牲者がでたと言った。

  私は心の準備ができていなかったから、極めて居心地が悪かった。私はどう見てもアジア人に見える。日本人だと分かると、反感を持つ人もいるのではないかと心配した。

  そして、考えた。私を世話してくれたユタのブレアーさんたちは戦中派だ。実際、私の父は兵隊として戦っていたと言っていた。つまり、ブレアーさんやバンフリートさんは、敵として戦っていた日本の若者と同居して世話をしてくれたわけだ。

 自分に、そんなことができるのだろうか。私は、自分の目標である「英語の取得」や日本とアメリカの中学校がどう違うのかばかり考えて暮らしていた。ホストファミリーの思いなどあまり考えていなかった。

  アメリカにも欠点はある。批判する人たちの理由も分かる。しかし、いろいろ言われてもアメリカが世界のリーダーのように振る舞うには理由があると思う。中国や韓国を見たら分かる。70年過ぎても、恨みと賠償の話しかしない。アメリカ人の対応とは違いすぎる。

  ユタ州のローガン中学校の社会の時間に、ある男子中学生から

「ヒロシマに原爆を落とした時、日本人は怒ったか?」

  と質問があった。私はしどろもどろになってしまった。でも、そういう率直さは好ましいと思った。公式には、原爆投下は正しい判断だったというアメリカ政府だが、一般の人たちは、いろいろ思うことがある。

  私は、アメリカの友人たち、学校の同僚から、integrated mellow mature と言われていた。社交辞令を言わない人たちだったから、本当にそう感じてくれていたと思う。でも、日本では変人と言われることが多い。

  なぜか。

  ローガン中学校では、ベストスマイリングガールの投票があった。どの女子が可愛いのか正直に発表していた。逆に、最悪教師はどの人かの投票もあって、全校集会で発表していた。職員室では、「最近の若い教師はーー」と批判を面と向かって語っていた。

  もちろん、ケンカ腰ではない。笑いながら語るのだ。最初は、驚いた。あまりの率直さにビックリした。真っ正直なのだ。子供っぽいと言ってもよかった。でも、とても楽だった。心にあることをそのまま口にしても大丈夫だから、フラストレーションが溜まらない。

私はクラブ活動の強制が嫌いだ。教員の採用にコネがあるらしいのは誰でも知っている。教科書の採択の際に、業者からワイロが渡っていることが、最近バレて騒いでいるが、そんなこと何十年も前から分かっていた。四日市高校を落ちた教師が、四日市高校の受験生を指導できるわけがない。帰国子女で英検1級を持った生徒を、英検2級の教師が指導できるわけがない。

アメリカなら、こういう問題点を全てオープンにして議論して改善していける。でも、日本で上記のような発言をしたら、全て無視される。権力者は、学校や教育委員会や文科省。「口出しまかりならん」という雰囲気が充満している。

「人の悪口を言うな!」「何をえらっそうに!」と言ってくれる人は、まだマシ。こっそり、ひっそり村八分にするのが、地方の習慣となっている。陰湿で、オープンとは言い難い。

  最近、日本人は傲慢になっていると思う。「もはや、アメリカやヨーロッパから学ぶことはない」「アジアなど、遅れていて対等につきあう必要はない」。そんな考え方をする人が増えている気がする。

  私は、まだまだアメリカに学ぶことは多いと考えている。

 

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