2才児プラスチックケースにしつけでいれられて死亡ニュース。どうすれば未就学児の命を救えるのか考える。

またか...って思ったママは私だけじゃない。インターネットのママのコメントをたくさん読んだ。ニュースも見た。




 私も二才になる息子を育てています。はっきり言えば、一歳の頃より楽になるかと思っていたらイヤイヤ期というか、自我が芽生えてとりあえずなんでも「嫌!」といいだすし、我が家の場合はもともと一歳児から我も強くて、自分の意見がある子なので、「思い通りに、まずならない育児」の連続です。



 世の中には手のかからないおとなしい男の子もいます。保育園でみると、比べてもしょうがないのに不安にもなるし、女の子にいたっては言葉が早いし、物分かりもよかったりして、これまた自分だけが思いどおりにならない育児をしているんじゃないかと錯覚することも。



 そんな私の場合でも、プラスチックケースにいれたら酸欠になるんじゃないか、とか、死ぬんじゃないかとか、わかるんですね。この事件を犯したかたは「死ぬと思わなかった」ようですが。


 私はけっして高学歴でもなく、成績優秀で卒業したでもなく、専門学校卒業の、赤点あったりの追試で間に合わず、レポート提出したこともあるような人間です。


 それでも、こうしたら、子どもだったり、生き物が死ぬんじゃないかってことくらいはわかっています。それすらわからない精神状態になっているのか、はたまた自己中の人間が先のことまで考えずに子どもを作って育てているのかと、思ってしまいます。そうでなかったにしても、不慮の事故とは、ちょと捉えにくいとおもいませんか?


 確かに、育児で追い詰められてしまうタイプの人間が存在します。


 けれど、殺していいことになりません。それはこれから先もそうです。


「相手の身になって考えましょう」

自分のことでいっぱいいっぱいだったのかもしれませんが、それでも、子どもの命を守らないといけないはずの両親に、命を絶たれそうになるって、どういうことか、わかりますか?


 私の母親は、一時期、ノイローゼのような状態で、地域のママさんとなじめず、私が小学校五年生のときに情緒不安定で、深夜、寝ているところを首しめられたことがあります。苦しくて、目をあけるとお母さんで、「あんたばっかり」そう言われました。私は孫だったので祖父母に甘やかされており、母は祖母に厳しくあれこれ言われていたので、妬みが私に向かいました。


 それ以来、ずっとお母さんが怖いです。そんな私も母親になってますが、母のようにならないように、ノイローゼにならないように気をつけています。


 そういう精神状態で仕方なかったとしても、そのときはトイレにおきた父親に助けてもらいましたが、この子は2歳で、さらに3歳のお姉ちゃんもいて、一緒に閉じ込めたとか、意味がわかりません。


 小学校5年ですら、大人には敵いません。大人が本気を出せば、子どもを死なせることなんてたやすいと、私は身をもって知りました。


 そういう経験がなくても、しない人は、しません。


普通の感覚を持ち合わせていれば、子どもを死なせるような事態には早々なりません。


 私が母親に首を絞められた時の絶望、と、2才児のこの閉じ込められた絶望は、違うかもしれないけど、大好きな両親にされたら、とても傷つくことを考えると、悔しくて、泣けました。


 「どうして・・お父さん。」


いけないことをしたら、言葉で伝えましょうよ。ダメだと目をみて真剣に怒って、そしてもうしないって約束させたら、抱きしめて欲しい。

 


子どもは無条件で親を大好きになります。嫌いになるのは生きていく過程で、何度も大好きな人に傷つけられていくうちに、嫌いになるのです。


 そして、虐待死を招いた親へのペナルティも考えていかないと、一向になくなる気配がなく、危機感を感じました。他人の子どもが傷ついていても、関わると火の粉がこちらに向いたりして、安易に関われないのが現実です。


 昔はなかったのに、増えた虐待。昔と今と何が根本的に違うのかそしてどの部分を改良すれば、防げるのか考えていかないといけないのかもしれません。





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