震度7を経験した僕がシンガポールから自分に出来る事として伝えられる事

1 / 4 ページ

青の力で日本と世界を繋ぐ青峰です。


熊本で大きな震災がありました。


この文章を書いている今も

自衛隊や数々のボランティアの方が

熊本へと助けに行ってます。


震度の大きさや起こった場所

Facebookで流れてくる画像を見て


今から21年前の阪神淡路大震災とダブり

当時の記憶が蘇ってきました。


その時、僕は震度7を受け

高速道路が倒れた場所に住んでいて

その時の記憶は今でも鮮明で


熊本で起こっている事が

リアルに想像出来てしまいます。


しかし、助けに行くにしても今はシンガポール。

もう、何も出来ないのでは?


と思っていた時に来たのが


ニュースを見た

シンガポールの華僑からのメッセージ。


「あなたの親戚と友人が無事で元気であることを望んでいます。」


違う国の友人の友人まで気にかけてくれる


その姿勢に心を打たれ


自分に出来る事は何か



という事を一生懸命考えていました。


そして、その答えとして

ここに今こうして書き始めています。


当時の自分の経験を元に


震災にあった人がどの様な状況になるのか

震災にあった後、どの様に震災を乗り越えたのか


という事をお伝えしたいと思います。



1995年1月17日 午前4:00頃





何となく「寒い」と起きた。


部屋は真っ暗。

当時の僕は暗いと寝れなかったため


近くの電気スタンドの電気をつけて

再び布団に潜った。


やけに静かな夜だったけれど

そこまで気にせずに再び眠りにつく。



1995年1月17日 午前5:45頃




1日に2度目が覚めるのは殆ど無かった。

でも、この日は何かが違った。


遠くで「ゴー」という小さな音がする。


はじめは少し耳がおかしくなったかなという程度。

でも、その音は段々大きくなってきて


飛行場から飛ぶ直前の

飛行機の様な音が近づいてくる。


飛行機が突っ込んでくるんじゃないのか?


と身構えた。


音は更に大きくなり

もはやその音に部屋が完全に飲み込まれた。


何が何かわからない僕は布団を被り

音が過ぎ去るのを待とうとした。


おそらく数秒の事だったが

何分にも感じるくらい長く感じた。


そして、パッと音が消え

さっき起きた時の様な静寂が訪れた。


なんだったんだ?


と思った瞬間。


僕の体は跳ね上がり


部屋が今まで聞いたことの無いような

ガタガタという音と共に悲鳴を上げた。


電気スタンドの電気がチラチラと

揺れながら照らした世界は


今自分がどこに居るのか分からないくらい

ブレにブレた世界だった。


そう、誰かが部屋を

両手で振り回しているような状態。


スタンドの明かりは

部屋のシェイクが始まってから

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。