全てを捨てる覚悟ができたら、なんか知らんけど欲しかったものがすんなり手に入った話①

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2016年6月から、彼との新しい生活が始まる。



私にとっては、彼というよりも、相棒のような存在。






そう、私は「彼氏」や「旦那さん」が欲しかったわけじゃない。



「相棒」として、私の望みを叶えてくれて、

私と一緒に遊んでくれる人が欲しかったんだ。







私の一番の望みは、

「私」が自分の力で稼げるようになること。



自分の足で立って、たとえ何もかも失ったとしても、

一からなんとでもなる、という自信。


両親から、私たち(両親)がいなくなっても、

もう大丈夫だね、と言ってもらえるようになること。


言いたいこと、やりたいことを、

時間やお金、周りの目を気にせずに

好きなように言い、好きなように選択できるようになること。






独立する、という決断を下した時、

何でも両親に話をする私は、

このことも、もちろん両親に話した。




ある程度見通しが立ってからにしなさい、とか、

適当に彼氏捕まえて、結婚して、

援助してもらいながら好きなことやればいいじゃない、とか、

早く子どもの顔見せて、とか、

最後の方は両親の願いが聞こえてきたけれども(笑)






そもそも、適当に捕まえた人と結婚して、なんて、相手にも失礼だし、

元々一人が好きで、誰かと同じ空間に何時間もいるなんてこと、

できれば避けたい私にとって「結婚」という話は遠く感じた。




一人の時間がないと死んじゃうよ、私。





稼いでいる旦那さんを捕まえたら、

好きなことなんでもやらせてもらえて、

好きなものだって何でも買えて、

好きな時に海外だって行き放題だし、

そういうのもいいのかもしれない。





でも。


違うんだ。



私は、「私」が稼げるようにならないと気が済まないのだ。




私でもない、他の誰かが稼いだって、私は満足しない。




それは私自身がよくわかっていた。


援助してもらう(誰かと同じ空間で生活を共にする) <<< 一人でいたい

という式が成り立っていたので、一人で頑張ろうとしていた。




私の性格上、人に頼るのもすごく苦手。




かわいくおねだりできる、末っ子キャラの友達が羨ましいと思うこともあった。






私は一人っ子。


両親は私と40離れていて、2016年の2月で66歳となった。


年の離れた両親に育てられた一人っ子、と聞くと、

それは大切に育てられ、頼る、甘えるのもうまいはずだ、と思うかもしれない。




逆だ。




大切に育てられたとは思う。


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