全てを捨てる覚悟ができたら、なんか知らんけど欲しかったものがすんなり手に入った話①

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おねだりなどせずとも、

私の望むことは何でも叶えてくれた両親。



のどが乾いたから飲むものが欲しいな、とお願いをするのではなく、

のどが乾いた、と言うだけで、飲み物が出てくる。




その日の夕食に、一番の目玉、

たとえばステーキや刺身、寿司が出たとしたら、

両親は自分が食べることそっちのけで、その目玉を私にくれる。



私の意思は関係なく。



生まれつき小食だった私からしてみたら、

自分に出された分だけで満足、いや、十分すぎるほどなのに、

両親の分もとなると、キャパを120%超えることになる。




友人に話すと意味がわからない、と言われるけど、

それがきっかけで「食べる」ということが嫌いになったものだ(笑)





そんなこんなで、おねだりする、お願いする、

という経験がなかったものだから、

どうやって人に頼ったり、お願いするのだ、

と路頭に迷うことに。








それから、両親からの、

「人様に迷惑はかけないように」

という教えも相まって、

人に頼る=人に迷惑をかけるという式が成り立っていた私は、

人に頼ることができなくなってしまった。




更に、40も年の離れた両親を持つということは、

両親と一緒に過ごせる時間は、普通の人よりも短いということになる。



両親は山形にいて、私は都内で仕事をしている。




知り合いがほとんどいない関東圏へ両親を呼ぶことも難しく、

更に、私はこれから海外も飛び回ることになるし、

どれだけの時間を一緒に過ごせるのだろう。





人様に迷惑をかけないように、というのなら、

両親には迷惑をかけていいのか、

もちろんそれはそうなのだが、

じゃあどれだけ、貴方たちに頼ってもいいというのか。




普通の人たちよりも、頼れる時間は限られている。



だから、私は、強くあらねばならないと思うようになった。




人に迷惑をかけることも許さず、

全てのことを一人でもできるようにならなければ。



精神的にも経済的にも自立し、一人でも生きていけるように。



誤解してほしくはないが、両親のことは愛しているし、

なんなら恋人、友人よりも大切だと胸を張って言いたい。


ただ、20数年間生きてきて、

両親からの影響がどこまで及んでいるか、

私の性格にどういった偏りが出ているかを

客観的に見た結果を書いている。






こういった背景があって、

一人でも生きていけるように強くあること、

誰かに頼らず、私自身がお金を稼げるようになること、

を強く望むようになった。






だから、会社に属しながら、

見通しが立ったら辞めようと思っていた。





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