3.11の半年後原発20㎞圏内で生まれた被災犬「とっと」が、熊本の被災地にエールを送る

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白地に茶色のドット柄の犬「とっと」





はじめまして!

わたし、犬の「とっと」です。


白地に茶色のぶちがドット柄みたいだから

「とっと」と名付けられたのよ。


あら、

この写真じゃわたしの「ドット柄」が分かりづらいわね。




これならどうかしら??





ほら!





ドット柄でしょう?



え?



白地にしょうゆをこぼしたみたいですって?

失礼しちゃうわー



前置きが長くなってしまったけれど…

わたし今は奈良でぱぱとままと暮らしているの。

とっても「しあわせ」よー!


優しい「にんげん」が周りにいてくれて

たくさん撫でてくれて、おいしいご飯をもらっているの。



でもね、実はわたし、

生まれたときは「にんげん」を知らなかったの。

なぜなら、

わたしが生まれたとき

周りに「にんげん」がいなかったからよ。

同じ「にっぽん」にいるのに不思議でしょう?




とっとのふるさと「ふくしま」



わたしが生まれたところは

ふくしま県のなみえ町というところよ。

原発20㎞圏内だから

今も「にんげん」は住めない状態なんだ、って

ぱぱが言っていたわ。


東日本大震災が起こるまでは

たくさんの「にんげん」が住んでいて、

今も「にんげん」のおうちがたくさんあるそうよ。



でも、

そのおうちは全部空っぽなんだって。


わたしの産みのママは

原発の近くの大きなおうちに住んでいたのよ。

「にんげん」と仲良く暮らしていたそうよ。

でも、

3.11が起こって

「にんげん」が急にいなくなってしまったんだって。

ママは「にんげん」が好きだったから

とてもさみしくて、

心細くて、

不安だったと話していたわ。


ママは、

おうちに残っているものを食べたり、

「ぼらんてぃあ」さんが置いていった

ごはんを食べたりしたんだって。


そして9匹の子供を産んだの。

そのうちの一匹がわたし!(左がわたしよ!)

わたしたち兄弟は、ママと一緒に探検したり、

兄弟同士で遊んだりして暮らしたわ。


わたしたちのおうちは、材木小屋だったのよ。

地震やかみなり、怖いことがあったら

大きな木材の下に隠れたの。

そして、ママが良いというまで絶対に声を出さずに小さくなっていたのよ。

ちょっぴり湿った木のにおいがしていたわ。



ある日、「ぼらんてぃあ」という「にんげん」が突然あらわれたの。


虫でもない、


鳥でもない、


犬でもない…。


二本足で歩く大きな生きもの。

みんなの読んで良かった!

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