ボクらの頃は、「山本五十六」も「東郷平八郎」もいなかった

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ボクらの頃は、「山本五十六」も「東郷平八郎」もいなかった

 敗戦国は、何も言えない。勝者が歴史を作る。中学生の頃は、そんなことを知らないから「社会」の教科書には山本五十六も東郷平八郎もいなかった。しかし、大学に進んで司馬遼太郎さんや山岡宗八さんの歴史小説を読むと、教科書に書いてないことがいろいろ書いてあった。

 そして、私は自分の教育を受けた三重県が、日本一「日教組」の教師が多い左翼教育の県だと気づかされた。その後、アメリカの中学校で教える機会に恵まれて、アメリカの歴史の教科書も、授業も知ることになった。日本で教えている「原爆は非人道的」という主張も、アメリカでは「第二次世界大戦を早期に終結させるために必要だった」と真逆の教え方をしていた。

  そして、地元に戻って中学生の受験指導をして気がついた。40年前の指導と何も変わらない左翼教育を行っている。三重県は、相変わらず日教組の左翼の先生が100%で日本一の組織率だ。

 日本海海戦で、ロシアを打ち破った東郷平八郎も、第二次世界大戦を戦った山本五十六も、この世にいなかったことになっていた。今は少し変わってきたが、軍人は全て削除というGHQの方針は健在だ。

  それは、左翼の人たちが教育界で権力を握ってきたからだ。日教組は、左翼の政党に資金も提供してきた。戦争については反省点もあるだろうが、だからといって山本五十六や東郷平八郎を悪魔のように仕立てて歴史から抹殺していいのだろうか。

  特定の価値観で善悪を判断するのは間違いだ。善いものも、悪いものも全て知った上で判断しないと道を誤る。そうしないと、教訓を得られない。少し調べれば、山本五十六や東郷平八郎が極めて優秀で有能な人だったことは分かるはずだ。

  受験勉強をする上で、日本を徹底的に悪人にして教えたい左翼の人が教師だと生徒は不幸だ。そんな歴史を学ぶのは苦痛だから、勉強に身が入らない。世界史や日本史を学ぶ気がしないではないか。

 勉強を進めるためには、基本的に誇り高くなければならない。「バカと思われたくない」という志だ。「おまえは悪魔のごとき人間の子孫だ!」と教え込まれたらプライドなど持てないではないか。

  それでは、受験勉強の最初からつまずく。

  中国や北朝鮮の弾圧や、ひどい情報統制を笑う人は多いが、日本はどうだろう?中国や北朝鮮ほどではないにせよ、敗戦の反動で左翼が力を持った教育界では、左翼の人の気に入らない人物は教科書から消えて、戦前のモノは全否定となっている。

  しかし、そんな姑息な人たちに庶民は負けない。やっぱり、時代劇を愛する人はいる。そこに隠されている武士道の伝統を愛する人も消えたりはしない。戦後世代の若者は、教師が教え込もうとしてもグローバルな視点を持ち始めている。

  私の父は戦中派だが、悪魔ではなかった。アメリカでお世話になったバンフリートさんも悪魔ではなかった。両者とも悪い人ではなかった。戦争中は敵味方になって戦った世代だ。

  歴史は、特定の思想で割り切れるほどシンプルなものではない。だからこそ、どんな人も事件も、なかったことにすべきではないのだ。いなかったことにすべきではないのだ。

  私はアメリカの中学校で、歴史の教科書を見たときに驚いた。黒人がリンチを受けて、生きたまま燃やされている写真を載せていた。ローガンでは黒人に会ったことがない。難民以外は、基本的に白人だった。

  彼らは、黒歴史とも言える黒人の迫害を何も隠さずに勉強している。都合が悪いから、なかったことにしようなどとしない。そういう点は、見習うべきだと思った。日本では、イジメがあると必ずといっていいほど教師も校長も隠蔽しようとするのと大違いだ。

  アメリカにも悪しき点も、間違いもたくさんある。アメリカ万歳などと言うつもりはない。だが、情報統制をせずに、何でもオープンに議論しようとする姿勢は学ぶ点が、まだまだある。

  私の指導していた中学生は「アメリカは世界で一番の国だ」と誇りを持っている子が多かった。だからこそ、堂々と自分の間違いを認め、自分の意見を口にしていたように思う。

  この世界は、ユートピアではない。人間は、自分に牙をむくヤツは殺しにかかる生き物だ。そういう前提で生きていないと、戦争はまた起こるだろう。それを避けるには、隠蔽や特定思想の押し付けではダメなのだ。

  ヘタで申し訳ないのですが、特攻隊の遺書の1つを英訳してみました。この方たちは、悪魔なのでしょうか。なかったことにしなければならない、恥ずべき歴史なのでしょうか。そう思う人は、今の中学生や高校生をバカにしていると思う。

  素子


Motoko.


 素子は私の顔を能く見て笑いましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。


 Motoko, you often smiled when you saw my face. You slept in my arm and we took a bath together.


 素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代叔母様に私のことをよくお聞きなさい。私の写真帳もお前のために家に残してあります。


When you get older enough to think about me, ask your mother, ant Kayo about me. I leave some pictures at home too.


 素子という名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思いやりの深い人になるようにと思って、お父様が考えたのです。


I named you, Motoko. Your father wanted you to be an innocent, considerate adn tender-hearted person with this name.


 私はお前が大きくなって、立派なお嫁さんになって、幸せになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても、決して悲しんではなりません。


I want to see your wedding ceremony and your happy family life. However it seems to be impossible. Don't mourn for me if I die before you know me.


 お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。


If you want to see me when you get older, just come to Kudan. Then you pray to see me. You must have my image.

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