死にかけてから音楽家になった話

私がなぜ音楽家になったのか

舞狐姫です。macohimeと読みます。

ざっくり話すと、音楽家として、20年くらいのまとめになります。パソコン歴だと30年くらいですかね。

少し長いですが、のんびりと、お付き合いください。

子供の頃からピアノをやっていましたが、小学生の時に鎖骨を複雑骨折しピアニストを諦めます。その後はフルートを習い、自分の楽器を持って吹奏楽部の扉を叩くと、

顧問
君は腕が長いから、トロンボーンね。
舞狐姫
(えっ…。フルート…。)

触ったことのない楽器。リコーダーとかと違って息を吹き込めば音が出るわけではありません。まずは音を出す練習を続ける毎日でした。そして、1ヶ月くらいしてようやく、安定して音を出せるようになります。フルートを習いながら、学校でトロンボーンを吹く毎日。それ以来、私はずっと吹奏楽部ではトロンボーンでした。高校に入った時は、バストロンボーンを与えられましたが。低音用なので、普通のトロンボーンのような華やかな音はあまり出ません。でも、その頃にはトロンボーンが好きになっていましたし、ちょっと違ってもトロンボーンが吹けることをよろこびました。しかし悲しい挫折が起こります。

大学に入れない!?

当時、私は近所の教育大学の音楽学部を目指していました。音楽教諭は、憧れの職業でした。試験の点数だけなら、私は優秀でした。しかしそこの学部は少し変わっていて、学部のメンバーでオーケストラを編成していました。楽器の欠員が出た分しか、枠がなかったのです。普通のトロンボーンならまだしも、バストロンボーンは、オーケストラに何本も必要な楽器ではありません。そして、その楽器は、私の前年度に欠員が補充されていました。3年待ち、と言う現実が重くのしかかります。

他の大学も考えました。もちろん親にも相談しました。しかし我が家には、楽器を買うお金も、ピアノと予備校を3年間なんていうお金も、芸術系の大学へ入るようなお金も、ありませんでした。真面目に考えていても、努力していても、どうにもならないことが世の中にはあるのだ、ということを、思い知らされた気がしました。

商業デビューは突然に

私のデビューは17歳の時でした。大学進学が絶望的になった当時の私は、今のような大規模なインターネットではなく、小さなところで細々と運営されていた、パソコンのネットワークにいました。そして、そこの運営者であるぽちさんに、声をかけられたのです。

ぽち
音楽できるなら、ちょっと仕事してみない?
舞狐姫
あ、はい。よろこんで。

なんて気軽なスタートなんでしょう。この時に製作していたのは、一般にはパソコンがそれほど普及していなかった時期の、パソコン向けの18禁脱衣麻雀でした。私は17歳だったので、名前を出すことができず、違う名前を使って、製品は世に販売されました。小さな、秘密の、それでも、私にとってはとても大きな、第一歩でした。制作中は二週間くらい、アパートの一室に開発者全員で館詰め。高校生の私にお金はありませんでしたから、アパート前のコンビニで買ってきた、100円のトウモロコシの水煮の缶詰を、毎日ペンチで無理やり開けて食べていました。缶切りを買うお金で、缶詰が買えたのです。館詰めの缶詰です。しかし、その時私は、人生のすべての運を使い果たす出来事に遭遇します。

いきなり人生終わった

その脱衣麻雀を、音楽の作業が暇な時や作業後に、テストも兼ねて息抜きに遊んでいました。その最中に、とんでもない出来事が発生します。麻雀もトランプと同じように、イカサマをしない限り、最初の手牌はランダムです。当時としては珍しい、イカサマのない、ガチな麻雀ゲームだったのですが…。

舞狐姫
あ…れ…?
スタッフ
どうしたの?
舞狐姫
これ…あがってますよね?
スタッフ
本当だ。天和だ。すげえ。
舞狐姫
マジですか…!?

麻雀の136個の牌からランダムに14個を引いて、それがあがりになっている確率というのはもうすでに計算されていて、それはラブライブのチケットが買えるかどうかよりもはるかに低い、約33万分の1なのです。約0.000003025%。人間が365日を80年生きると仮定しても、30000日ないので、おぎゃーと生まれた時から、毎日麻雀を10回やって、死ぬまでそれを続けても、1回出るか出ないかくらいです。どれだけの確率かは推測してもらえると思います。

麻雀であがることを和了と書くのですが、天から授かったあがり、という意味で、天和、という名前が付いています。そんなに麻雀をするわけでもなかった私が、17歳で、神様からあがりをもらってしまったのです。人生が終わったと思いました。

専門学校へ行く

その脱衣麻雀をきっかけに、私は曲を作る、ということを本格的に意識し始めます。しかし、普通の授業を受けても面白くない。どうせなら、とんでもない授業をやってるところが面白い。そう思いました。

そして私は、代々木アニメーション学院、音楽学部、ミュージックアーティスト科、という、まるで訳のわからない学校へ入ります。一期生だったため、授業自体も試行錯誤なのか、変わった授業が多かったのですが。

専門学校の思い出

基本的にバイトをしながら、学校に通う日々でした。また、仲間と代々木公園や渋谷の劇場裏で、路上生活とかもしてました。あいかわらずお金はありませんでしたが、とても楽しい生活を送っていました。

記憶に強く残っているのは、とある先生の言葉です。この先生、安室奈美恵さんの後ろでベースとか弾いてた割に、遅刻や欠勤が多くて免職になるのですが(笑)

先生
人は、大体はメロディを聴いてる。人が口ずさめるのもメロディ。だから、メロディから作らないとダメ。
先生
世の中には二つの音楽しかない。いい音楽と悪い音楽だ。

この言葉は、今も私の曲に受け継がれている…はずです。

あとは、私が2期生向けパンフレットの表紙を飾ったことでしょうか。その写真は、HASYMOの細野晴臣さんと一緒に、音楽を制御する機械の前で、話をしている写真です。私はその制御をするのが苦手で、そのことを細野さんに相談したのです。

舞狐姫
私、これどうしてもうまくできなくて。よくわからないし…。
細野晴臣
これは縦に1本覚えてしまえば、あとはそれがたくさん並んでるだけだから…。難しくないよ。
舞狐姫
(それがたくさんあるから困るんですよ…)

他にも何人かのアーティストさんにお会いしましたが、どの方も気さくないい方ばかりでした。それまでテレビでしか見たことのなかった人たちが、同じ人間なんだなぁ、と思ったのは、この頃からですかね。逆に特別扱いされたい人には嫌われます(笑)

システムエンジニアへ

私は当時からコンピュータの扱いに長けていたので、音楽家の助手のような、マニピュレータという仕事を推薦されます。しかし、自分の音楽が作りたかった私は、この話を蹴りました。そして、システムエンジニアになります。音楽活動は続けながら。システムエンジニアとしての腕もそこそこ良かったのでしょう。いいお給料を頂いていました。けれども、とある事件が発生します。

死ぬ?

過労死ってヤツです。24時間稼働している会社で、帰宅中にも電話でお仕事をしていた私は、脳が起きっぱなし、という症状に見舞われます。日に日に弱っていく身体、そしてとうとう身体がいうことを聞かなくなりました。身体を制御するのが脳なら、脳が疲労しきれば身体は動かなくなる…。当たり前のことですね。

脳のメカニズムはとても優秀です。睡眠中、わずかに脳が収縮し、その間を液体が満たします。その満たされた液体が脳の疲労物質を運び出すのです。睡眠をとるというのは、まさしく脳を休めることそのものなのです。しかし私の身体では、それが起こらなくなってしまいました。

当時の私はシステム部の部長でしたが、内勤部署の取りまとめ役である上司から病院行きを勧められ、そのまま退職することになります。働けない身体になりました。

私は一体何がしたかったのか

そもそも、子供の頃、コンピュータに触れた頃、自分でゲームを作れば、好きなだけゲームが無料で遊べると考えていました。私が最初に書いたプログラムは、データを書き換えれば好きな音楽が奏でられる、オルゴールのプログラムでした。手当をもらって休みながら、私は自分がコンピュータのスペシャリストになりたかったわけではなかったことに気がつきます。パソコンで何かを作りたかったのだと。そして今の私にできることは、パソコンで音楽を作ることなのだと。ようやく帰ってこれました。これが

私がなぜ音楽家になったのか

です。

今は、ゲームやアニメの曲を描いたり、VocaloidのPとか、ピアニストさんに楽曲の提供をしたりとか、をしています。システムエンジニア時代に比べれば、はるかに劣る収入ですが、一応、印税なるものをいただく身分になりました。実際に、私の曲のファンの方に出会って、作者さんだったんですか、と驚かれることも。誰か聴いてくれる人がいるのなら、その人の為に、自分の為に、私は曲を描いていこう、そんな風に思っています。

ようやく見つけた私の道です

"あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。"で、阪口裕樹さんが言われた、というあの一言が私の脳裏をよぎります。

中條さん
今の仕事に充実感、感じとる?


私も胸を張って言えます。

舞狐姫
はい!

長い文章を読んでくれてありがとうございました。

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