私が着ると決めた着物

1 / 2 ページ

私のだいすきなひいおばあちゃん。ひいおばあちゃんは、私の着物を作る人でした。

大人になって知る。着物を作る人のことを「仕立屋」さんと呼ぶということ。ひいおあばちゃんは

「仕立屋」さんだったんです。

 私は、長女で産まれて、七五三の着物はひいおばあちゃんが仕立ててくれました。どの生地にするか

どの帯にするか小物は?なんて、当時の私にはまったくわからないことでした。

私のお財布にはそんな当時の「七五三の私」のテレフォンカードが入っています。プクプクまん丸顔の

わたしの写真。そこには、ひいおばあちゃんが仕立ててくれた着物を着て、満足げに着ているわたしの姿。

誰よりも、私が一番なんだ!

きっと、当時のわたしはそんなこと思っていたんじゃないのかな。

長女の特権。

「思織の着物」を仕立ててもらう。最初で今までで一番のプレゼント。

大好きな着物を着て歩く、足はおぼつかないかったそうです。

ひいおばあちゃんの着物を着る、それはわたしにとっての最高の贅沢で

一番の幸せでした。

そして、着物はひいおばあちゃんの着物を着る。

それは心に決めていることです。

------

それから、ひいあばあちゃんが死ぬ年の夏、

最後の浴衣を仕立ててもらいました。

大人っぽいことにあこがれていた私が選んだのは「紺色」でした。

なんであの色を、なんであの柄にしたんだろう。

今はそう思います。

小学6年生。

わたしは…、せっかくひいおばあちゃんが仕立てもらった浴衣を着ることはありませんでした。

なんでだろう。夏休み、夏祭り、着る機会はたくさんあったはずなのに

反抗期って残酷ですね。

それでも着なかった。

背丈も大きくなった、大学2年生。

それから初めて、浴衣を着ることになりました。

わたしが選んだのは小学生のころに作ってもらった浴衣。

着てみたら、ちょっと小さくてもちゃんと着れた。

おばあちゃんが縫ってくれたその一枚に、

たぶん、いろんな思いが込められていたのか、

糸でつながる端々に、ひいおばあちゃんに感謝の思いでいっぱいに。

「今まで着なくてごめんね」

たくさんの浴衣でつないだ夏の思い出は楽しくなりました。

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。