タブーを破ると、「炎上」必至?

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タブーを破ると、炎上必至?

 私はアメリカの中学校で教師をしていたことがある。向こうは比較広告があたりまえ。コカコーラがペプシをけなしまくる。現在進行中の大統領選でも、相手陣営をけなしまくるネガティブキャンペーンが進行中。

 ところが、日本では比較広告やネガティブキャンペーンは普及しない。それは、「はしたないこと」とする文化があるからだ。しかし、私はこれを間違いだと思う。たとえば、私は塾講師だから教育関係にはくわしい。

 名古屋の7つの大規模塾、予備校、専門学校で14年間講師を続け、自塾でも「良い講師」「良い塾」を研究し続けてきた。だから、悪い塾や、悪い講師にも敏感だ。判断を誤ると、倒産してしまうからだ。

つまり、塾に関する鑑定眼のプロなのだ。

 ところが、そのプロの目から見た判断で多くの人にアドバイスをしようとすると「はしたない」と非難されるので控えている。

 スピード・ラーニング・・・「聞き流すだけで英語が身につく」。これは、「留学すれば誰でも英語が身につく」とか「アメリカ人は誰でも英語を話す」といった理論(?)に基づいている昔からあるキャッチ・コピー。しかし、そんなことはありえない。この方法で英語が身についた人が周囲にいるだろうか。母語として学ぶ英語と、外国語として学ぶ英語は学習過程が全く異なる。私は中学校からアルファベットを習った、日本生まれの日本育ちだけれど、英語が身についた。

 

公文と四谷学院・・・私が小さい頃に、「成長のはやい竹を毎日飛び越していたら、忍者のようなジャンプができる」という鍛錬法が流行っていた。もちろん、ウソだ。ハイジャンプでも、世界記録近くなると1mmが越えられない。公文のプリントは段階別に作ってあって、順番にやれば小学生でも高校生の数学レベルに達するというのがウリだ。四谷学院も「55段階」をキャッチ・コピーにしている。「最期は東大レベルまで到達」というが、ムリな話だ。

ECCジュニア・・・「スモールステップでやれば、誰でも東大レベルに達する」というのが公文や四谷学院の理論なら、こちらは「早く始めれば、誰でも英語が身につく」という理論。これも、誤りだ。中学生から私の塾に来てくれる子の中に「ECCジュニアで中学レベルの英語はマスターしました」という子が時々いるが、公文の数学と同じで、表面をなぞっただけの場合が多い。だから、そういう子の指導はとても困る。本人が中学レベルは大丈夫と思っていても、少し応用するとダメなのだ。

河合塾、駿台、代ゼミ・・・私はZ会も含めて三大予備校は信用できると思っている。ただし、大きい分だけ精鋭を集めることを放棄している。誰にもアピールするためにパフォーマンス講師を雇用するし、ライバル塾のすぐれた教材は使えない。河合塾の講師がストーカーまがいの事件で逮捕された事件は記憶に新しい。代ゼミは、スケールメリットで河合や駿台に遅れをとって7割閉鎖に追い込まれたのも、記憶に新しいニュースだ。

 ここでコメントしている塾は、ここ三重県のド田舎にはないので競合していません。ライバル塾ではないので、問題点を書いても、下品でないと思う。

 以前、陸上の為末さんが一流選手になれるか否かは99%生まれつきの才能といった内容を書いたら炎上していた。いわく、「そんなことを言ったら練習している子たちの夢を打ち砕くではないか!」。

でも、私は無名だから問題はないと思う。

 また、間違った指導で、夢を持たせるから大半の子供たちは挫折し、敗北感を持つのだと思う。「やれば、絶対にできるんだ!」という言葉が好きな学園ドラマ礼賛者は怒るだろうが、「やっても出来ないことはある」。

 そんなことは誰でも経験から分かっているだろう。私をどんなに鍛えても、音痴は直らない。みんな違っていて、いいのだ。誰もが足が速い必要はない。誰もが歌がうまい必要はない。誰もが数学ができる必要はない。その現実を受け入れないために、どれだけ多くの生徒が傷つきトラウマを抱えることになっているのやら。

 早期教育をやろうと、段階別に指導しようと、何をしようと勉強にむかない子はいる。逆に、ほんの少しだけヒントを与えると、何もかも自分で出来てしまう子もいる。それでいいではないか。

 そんな生徒を一緒に学ばせるのは、小学校くらいまで。中学校で、左翼教師の指導を受けると「みんなで助け合え」なのだが、これが一番トラウマを抱えるもとになる。賢い子は「なんで、こんなのが分からない?」と侮蔑を始めるし、できない子は「どうも、私はバカにされているらしい」となる。

 だから、班など組ませるべきではない。長く学校に残さないで、アメリカのように午後2時半になったら生徒を帰宅させるべき。そして、それぞれの才能に合わせた別の学習の場を持たせるべき。強制クラブなど、選択制にすべき。

 「文武両道」などと主張する教師もいるが、勉強とクラブ以外では評価されない、たった二つのノモサシで生徒を評価するから息苦しいのだ。

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