直感を信じる事について

 直感を信じる

それってどういうこと?

この手の話しは、とくに宗教的な話しと結びついたりして胡散臭かったり、

はたまた中二病的な世界観で、ムーとかアトランティスだとか出てきたりして胡散臭かったりする世の中ですが、

科学で解明できない種類のモノであることが、そうさせるのかもしれません。

あとは、それらを呼ぶ個人が、意味深な名前をつけたがる人種が多いのも禍しているでしょう。

私も大概ですが(笑)


初めに断っておきますと、私は霊感の類は

信じて居ますが、能力としては持っていません。

従って、奇跡も起こせなければ、視る事も出来ないし、除霊とかもできませんので、

そういうのを期待している人は、出口はあちらですよ~。


さて。

私が信じようとしている直感とか勘とかいうものの正体は、

単に現代科学では解明できていないだけの脳科学の何かなんだろうとは考えています。

ですから、見えない何かがひらめいたり、見えたりするのも、

現代科学が追いついていない知識の領域なだけで、

決して非科学的な産物ではないと考えています。

ここで前述の、「霊感の類を信じています」が懸かってきます。

うろ覚えですが、素粒子だかなんだかの小さい要素は、四次元。つまり時空を超えるとかいう話しがります。

我々が生きている三次元の時間は過去から未来へ流れ落ちていく滝の如しで、逆行は出来ない法則に支配されていますが、四次元にアクセスできるか移動できる物質は存在する「らしい」というのが科学の世界らしいです。


幽霊だとか霊だとか言われている記憶の情報群がそれに含まれるのかどうか定かではありませんが、

宇宙を構成する物質の9割だかを占めるダークマターだとか言われてる未解明だけど、最近実在だけは観測できたらしい諸々の中には、そういうものが含まれているのかもしれません。

昔の聖人だとか霊能者だとかの本物の人らは、それらにアクセスする能力があったのかもしれませんね。


私は普通の凡人なのでそんな能力には恵まれていませんが、

時々、ふいに閃く映像だか声のようなものだかに救われることはあったりします。

それがデジャヴであることや予知夢みたいな時もあるので、

自分の意志でどうにかできる類のものではないのは確かです。


たとえば高速道路でかっとばしていた時ですが、

高速走行ですから数十秒でも数百メートルしか距離はないわけです。

そんな高速の世界で、今日はこの付近では減速しておいたほうが良いなんて予感を、

「きのせい」で済ませていたとしたら、三車線塞いで横転事故になったやつに巻き込まれていた事だろう。

事故で車が詰まって100mほど前の事故でした。

インターチェンジの合流地点で起きた横転事故は、加速レーンも含めて4車線相当が塞がれて数時間立ち往生という事故でした。


他に命に関わりそうな派手なものはほとんどありませんが、

今日はこれは止めた方がいいとか、こうすると悪い事は避けられるみたいな予感めいたものは、

無視するとその通りに悪くなったり、軽視すると事故になったりします。

昨日は体調が悪くて軽視したので、バック事故したばかりです。

左のサイドミラーの向きが悪いよと脳裏で警告されていたんです。

それでも駐車場を出たとき、いつもと同じように発進したのにエンスト。何かに止められたかのように。

それでも急ぎの仕事の予定だったので会社前に回したあと、ちょっと前を開けてくれと指図されたので下がったら、数十秒前には居なかったし、ミラーには見えていなかったけど、後ろには佐川急便さんのトラックがとまってて、バックでガツんとやってしまいました。

いつものサイドミラーの角度であれば絶対に見えていた位置に止まってました。

その事故のせいで、昨日は死にたい死にたい、死ぬべきだ、お前は無能だ無能だ、社会になんの益もなさない無駄飯食いだ、他人がそんななら死ねというだろう、だからお前は自分に対してもそうあるべきだ、さっさと死ね、いますぐ死ね、死ねばいい。

というありがた~い、呪いの脳内大合唱の一日で、

ついに統合失調症まで発症したかと疑う程一日中途切れなく囁き続けられる呪いの声と戦ってました。

とりあえず今日は自殺してませんのできっと大丈夫。薄氷を踏むような状態ですが(笑)


話しが剃れました。

自分は精神的に病んでいるのかもしれないけれど、

昔は昔で違った・・・と思う。たぶん。病んでたのかな?(笑)わからないけど。

普通だと思う頃から、この警告であるとか良い事が起きる知らせだとか、

そういうのは突然降って沸いて来る感じで与えられていて、

これを無視すると、下腹の辺りにいや~な不快感というか違和感を感じるというのが

きのせいの時と違う共通点。

良い知らせが宝くじとかだったらいいのに、そういう金銭的なものに結びついた事がないのが、

運命なのか、物欲ゆえなのかはわかりませんが、

大抵は些細なラッキーだったり、ちょっと幸せな事だったりします。



たとえば、人との出会い。

この人とは、どのくらいずっと一緒にいるのだろうか。

なんて、出会うときには考えないでしょうし、わからないものでしょう。

しかし、時々あるのが、

この子とはこんな風に付き合っているという映像であったり、

結婚して、子供が出来て、トシをとってこんな風に歩く。

夢想しようとして夢想するなら皆さん見れるんでしょうけど、

全然違う話しをしている時とかに、なんの脈絡もなく降って沸いて来る。

フラッシュバックみたいな感じ。一瞬の事。でも長いストーリーも含む。

天の啓示、天啓とでも言いたくなるこの現象を、

大事にするかしないかはそれぞれの個人の感受性の問題なのかなと思う。


信じた結果、結婚もできて、子供も出来て、リア充爆発しろ!とか言われそうな人生ですが、

まあ、墓場でこそないにせよ、幸せと苦しみの両方があるのが人生なので・・・。



些細な天啓は、ほんとうに気のせいレベルでやってくるし、

時間差にしても数秒から数分のものが多いので、即断即決で処理しないと意味がなくなります。

まさに、チャンスの女神様には後ろ髪は無いを地で行ってるようです。


デジャブの類は、本当に行ったことも見たこともない、テレビですら出ないマイナーな場面であったりが、数ヶ月前とか数年前にやってきて、朝目が覚めたときに反芻できたものだけが記憶に残っていたりして、実際その場面に遭遇した時に、あの時のヤツだとわかるなんてこともある。

困るのはその直後に不幸が起きる類のやつ。

どんな会話や選択をしたかまで経験済みのような感覚のくせに、一度そのシーンに乗ってしまうと、

リアルタイムでなぞるだけになってしまうので「意味がない」(笑)


デジャブはよく勘違いだとか脳の錯覚だとか言われているけど、

私がまだ中二病全開だった頃に、夢で見た物語をノートに書き残すなんて習慣を実行してた時に、

きちんと残っていたので、社会が広がって脳内データベースが広がった現在では、

まあ錯誤の時もあるのだろうけど、真性の時もあるんだろうと思います。

先日の仕事場のシーンとかも、昨年の3月頃に見たデジャブそのままでした。

前職の仕事中の啓示で、「はぁ?」と思ったものですが、1年を経た後の仕事場でのシーンでした。

見たときにはまだ出会ってなかった友人で元?同僚(任期後入れ替わりで入った)が、

私の現職場にお客さんで来て前職の件で相談しにきてるシーンでした。



これらは、見たから何かが変わると限ったわけでもないことも多い。

従ったから良くなった?気のせいかもしれないじゃない?

だけど、従わなかった結果、従ってたら回避できた事例。

これは確実にある。

それが、未来の自分が送った後悔とか慙愧の念が、時空を超えてやってきたものなのか、

それとも守護霊みたいな形態をとった、目に見えない神のような存在から与えられたアドバイスなのかは、神ならぬ私には解らぬ事です。


ただ、そういう事が、すくなからずあった。


それだけで、私がその類を信じるには十分すぎる理由となっています。


どうせなら、母の肺がんであるとか、人の生き死にに関わる予感を啓示してもらえてれば良かったのに

と思わなくも無いですが、そういう大きな変化は、世界線を変動させてしまうのかもしれませんね(笑)

未来を構成する確率分岐の世界線の中では、大したことの無い範囲でしか変られないのかもしれない(笑)

あ、このネタがわからない人はぐぐってくださいネ♪



ともあれ、妄想や気のせいではない範囲で、私の世界ではこれが普通なので、

なるべく信じるようにした方が利益があるという事で、

直感を信じるようにしています。


あなたが、あなたに訪れた直感を信じる信じないは自由だと思います。


みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。