【第23話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

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前編: 【第22話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。
後編: 【第24話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

体育館の中を見渡してみると、見知った顔もちらほらで子供たちの学校の友達や幼馴染たちと会うことが出来た。友達に会えた喜びと、体育館に避難してきているという非日常が相まって、子供たちはすっかりはしゃいでいた。

僕は近所のお母さんに今回の震災の情報を聞いてみたりした。体育館のステージに号外が置かれているとのことだったので、新聞を一部取りに行って内容をみてみたのだが、そこに載せられている写真の、とてもこの世のものとは思えぬ光景にしばし呆然としたのを覚えている。

街が一つ消えてしまったかのような荒れ野原、地震で倒壊した建物、そして津波にのまれる家や車。ここに街があり人が暮らしていたとは到底思えないほどであり、東日本大震災と銘打たれたこの地震は、僕の想像をはるかに超える大惨事となっているようだった。福島や宮城では壊滅的な打撃、茨城の海沿いも津波で相当の被害が出た、と。

置かれていた新聞を食い入るように読み、おおよその状況を理解した。

ちょっとやそっとでは元の暮らしに戻ることなどできないほどの出来事に、遭遇してしまった。

簡単に言ってしまえばそういうことなのだろう。

なんてことだ、こんなことが起こるなんて聞いていない。

一体どうすればよいのか。

自分の事はもうどうでもいい、この非常時に子供たち2人をどうやって生き延びさせるかだ、直面した現実の厳しさは計り知れない。

避難所の中学校で毎日食料と水の配給があるらしく、その時間を確認した。子供たちのお昼ご飯は配給されたパンとお菓子にした。

また明日も来なければならないだろう。

明日になれば飲料水の配給が自衛隊により行われるというになっていて、なんとか飲み水も確保することが出来るに違いない。

子供たちは友達と遊んでいると言ったのでそのまま体育館に残し、僕は食料を確保するため昨日訪れた近所のスーパーに足を運んでみた。

スーパーに立ち寄ってみると、入り口には張り紙が張られており、臨時休業とのことだった。中をのぞくと従業員らしき人たちが総出で片づけをしているところが見える。

どうやら中の片づけが終わらないと、ここで食料品を購入することはできないらしい。ということは、他のスーパーも同じだろうか。自転車で別のスーパーを2軒ほどまわってみたけど、どこも買い物ができるような状態ではなかった。近所のコンビニは空いているところがあったけど、食べ物という食べ物はほぼ売り尽くされていた。

ガラガラになった棚には張り紙がされていて、商品入荷の予定はありません、と書かれてある。

なるほど、商品自体が流通していないのか、道路も通れなくなっているだかもしれないし、それを運ぶ人も確保できないのかもしれない。

僕が考えているよりはるかに状況は悪いに違いない。食料品や日用品は売り始めたら最後一瞬でなくなるはずだ。こうなったら早い者勝ちの取りあいになるのだろうから、そこを勝ち抜くために何をしなければいけないか、それはすなわち、生きるためにしなければいけないことなのだ。

まず、情報を集めよう。

情報が多ければそれだけ選択肢も増えるはずだし、チャンスも多くなる。ではどうやって情報を集めるか。

すでにライフラインは寸断されていたため、新聞の折り込みなどに商品入荷や店舗開店のお知らせが出るはずはない。おそらく、店舗に張り出されるのだろう。僕はその情報を見逃さぬように、日に何度も近所のスーパーをパトロールして回ることにした。

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