思い出のバスに乗って:中川君のブロマイド

自身はそれに染まりませんでしたが、20歳の頃の大阪京橋時代、周囲には上に素人と名のつく、演出家、役者、シナリオライター、作家志望と、演劇関係の知り合いがたくさんいました。

わたしはその中で、いつのまにか、これまた上にへんちくりんなものがついて「自由人ゆうちゃん」と呼ばれていたのです。どこが自由人かと問いますと、常識の枠にとらわれないで行動するからだそうで、
褒められているのか呆れられているのか。複雑なとこではありました。

わたしは素人劇団の何のお役目も担っていないのに、その仲間からはあちこちと引っ張りまわされ、出来上がったばかりのシナリオを読まされたりしており、団長はと言うと、かつて「劇団四季」に籍を置いたことがあるという人で、彼の劇団は、サマセット・モームの作品のみ手がけていたのですが、そのお芝居を顔パスで観にいったりして、一応仲間の端くれではありました。

そんな付き合いの中に、プロダクションには属していないものの、中川君という素人ではない役者がおりまして、これが顔がデカイもので、現代劇より時代劇でよく映えるのですね。

案の定、彼は京都四条にある南座でよく歌舞伎公演での役回りをしていたのでして。なに、役回りといってもはしっぱの役です。

これが、ある日浮かぬ顔をして現れまして、
「舞台でドジッた。トップの役者さんにこってりしぼられてん」と言います。
何をしたかと言いますと、出番の寸前、どうにも我慢ができなくなってトイレに行った。そしたら、出番の合図が聞こえたので慌てて舞台に飛び出して行ったのだと言う。

出てしまってからハッと気がついたのが、足に履いてる「便所」と書いてああるスリッパ!(爆)
おまけに、手に持ってなきゃならないはずの十手をトイレに置いてきてしまって、「御用だ!御用だ! 」と突き出す手には、十手なし。周りの小役人の役を演じている人らの後ろに後ろにと隠れて誤魔化そうとしたが、そんなもん、ロケじゃあるまいし本番なんやから、どうやって誤魔化すのよ(笑)

これを聞いたときには、気の毒よりも大爆笑が起こってしまって、我らは抱腹絶倒。

役者さんの世界って、NGがたくさんあるでしょ?あれ、爆笑ものが多いらしいですね。ただし、ロケと違って劇場はやり直しがきかない。中川君によると、立派な役者さんも時には失敗するのだそうで、そういうときは、舞台が終わった後に、役者さんからはちゃんと陳謝として、全員に何がしかが配られるのだそうです。

あれから40年ほども経つというのに、今思い出しても、南座の舞台で「便所」と書かれたスリッパを履いて、「御用だ、御用だ!」と空の手を突き出し、にっちもさっちも行かなくなっている彼の姿を思い浮かべると、あっはっはと声を出して笑わずにいられないわたしです。

中川君、どうしているでしょう。
中川君からもらったヅラをつけたサイン入りのブロマイド、どこへ行ってしまったかなぁ。

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